アジアで初めて米アカデミー賞視覚効果賞を受賞
映画監督 山崎 貴
監督への道を拓いたのはジレンマと1通の企画書
30歳のころって、一度は立ち止まるんですよね。僕も、入社した映像制作会社・白組でVFXに凝った楽しい仕事を数多く経験させてもらっていましたが、依頼を受けて他人のための作品をつくることはできても、自分の作品と言えるものはなかった。『スター・ウォーズ』に憧れて道を選んだのに、このままでいいのかと焦っていました。
理想的な場所にはいるのに、本当にやりたいことがまだできていない。この矛盾を解決するには、自分で監督するしかないなと。その思いを強くしたきっかけのひとつが、映画『エコエコアザラク』です。実は、後に妻となる佐藤嗣麻子監督の作品なんですが、これが本当につらかった(笑)。予算がないというので、手を差し伸べるつもりで手伝ったら、一切妥協ナシ。「山崎くんはこれでいいの?」と詰められながら必死でやりましたよ。でも、同じ苦労をするなら「絶対、監督になってやる!」と決意が固まりましたね。
実績もない自分が、どうやって監督になれるのか。悶々としていたとき、社内で企画募集があったんです。これはチャンスだと思い、アイディアを練って提出すると、なんと応募者は僕だけ。ROBOTのプロデューサー・阿部秀司さんの目に留まり、映画化が動き出しました。ただ、あまりに壮大なプロジェクトで予算が20億円もかかるとなり、戦略的撤退することに。代案として急きょつくったのが、デビュー作『ジュブナイル』です。奇しくも『踊る大捜査線』が大ヒットしていたことで、製作していたROBOTの次回作という期待が高まっていました。公開も夏休みと絶好のタイミング。人との出会いを含めて運も味方してくれましたが、何かいい流れが来たときに、それをしっかりつかむ準備はしていたんだな、と振り返って思います。
成功は時の運が大きい自分の実力と思い込むのは危険
2023年に公開した『ゴジラ‒1.0』は、米アカデミー賞の視覚効果賞をいただきました。以前は、アジア人しか出てこない、言語も非英語の作品がアメリカでエンターテインメントとして成立するのは絶対に無理だと言われていました。最低でも吹き替えが必要だと。でも、コロナ禍を経て、アメリカでも海外の配信作品を字幕で観る文化が市民権を得たことも大きかったと思っています。現地に通って熱量に触れ、日本映画も通用するんだという肌感覚をつかめたことで、今後エンターテインメントを目指す人たちが挑戦しやすくなるのではないかと。ただ、成功は時の運が大きいものですから、自分の実力だと思い込むのは危険。浮かれず粛々と日常に戻っています。
これまで変わらずに守ってきたのは、トレンドを追わないこと。背景には、VFX映画を1本企画して公開するまでには最短でも2年、多くは3~4年かかるという現実があります。その間に世の中はどんどん変わっていく。たとえば、『ALWAYS 三丁目の夕日』も『永遠の0』も、全員が「ぜひやりましょう」と言っていた作品ではありませんでした。「昭和」も「戦争」も、大ヒットを生むジャンルではなかった。それでも、お客さんにはもちろん楽しんでもらいたいし、僕たちに賭けて出資してくださった人たちには、儲けを出してもらいたい。自分の時間をかけてくれたスタッフには、ちやほやされていい気分になってもらいたい。そして、また次の作品をつくれるようにしたい。みんなが幸せになってほしいと願いながら、自分の観たいもの、つくりたいものをつくってきました。
数年にわたる製作期間を共にするチームづくりは、最初の人選がすべて。正直なところ、僕はCGの一個一個まで全部自分でやりたい人間なんです。だからこそ、自分よりうまいなと尊敬できる人を選ぶ。才能萌えなんですね。
ときにはZ世代の若手に「これ、かっこ悪くないですか?」と指摘されることもあります。彼らが正しいなら、最終的に褒められるのは僕ですから、そこで抵抗する意味はない(笑)。どうでもいいプライドのためにすばらしいアイディアを捨てる必要はないんです。これは僕が立派だからではなく、むしろ自分中心の考え方なんじゃないかな。でも、意見が通ればメンバーはモチベーションが上がるし、上司にとっても自分の仕事の質がよくなるわけですから、なんの問題もありません。ただし、お互いのリスペクトは不可欠です。
未来にどんな展開があっても絶対にAIを味方につける
これからの未来がどう変わっていくのかは、本当に予測がつきません。数年前には、AIはクリエイティブな領域には入り込めないと言われていたのに、今では映像や写真、絵、物語の分野にも進出しています。どんな展開があっても絶対にAIを味方にしてやろうと実験を重ねていますが、人が感動する部分、つまりいちばんコストがかかる部分は、人間にしかできないんだなという感覚もあります。これが希望でもあり、絶望でもあり。
たとえるなら、生成AIは擬態する「虫」みたいなものだと考えていて。姿形は葉っぱそっくりに進化しても中身は違うように、生成AIも人間をよく観察して見た目は完璧に真似できるようになったけれど、本質はまだつかめていない。CGも一部は自動化できるのですが、「もう一歩リアルに」とか、「このキャラクターにひかれる」というところまではいけないんです。人間の生み出すものには、情念のような何かが働いている。演技も同じで、生身の役者さんが日常を背負いながら表現するものには到底かなわない。これは2024年現在の見解ですが。
道に迷ったときに思い返すのは、映画『素晴らしき哉、人生!』。どんな選択も全部に意味があると思えるんです。最善かどうかはわからないけど、意味のある一手。そう信じて、先の見えない領域へも進んでいきたいです。
Prime Videoでも配信! 映画『ゴジラ-1.0』
山崎さんが監督を務めた、ゴジラ生誕70周年記念作品。戦後の荒廃した日本で、突然現れたゴジラが復興途中の街を容赦なく破壊していく。絶望の中でも脅威に懸命に立ち向かう人々の姿を描く。
Profile
1964年生まれ、長野県松本市出身。幼少期に『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』に影響を受け特撮の道を志す。阿佐ヶ谷美術専門学校卒業後、映像制作会社の白組に入社。2000年に『ジュブナイル』で監督デビュー。2005年公開の『ALWAYS 三丁目の夕日』では心温まる人情や活気を持つ昭和の街並みをVFXで表現し、日本アカデミー賞作品賞ほか12部門で最優秀賞獲得。以後もほとんどの監督作品で脚本とVFXを兼任し、『永遠の0』、『STAND BY ME ドラえもん』、『DESTINY 鎌倉ものがたり』、『アルキメデスの大戦』など話題作を続々と発表。2023年の『ゴジラ-1.0』は日本でのヒットに止まらず、アメリカでも歴代実写邦画の興行収入1位を記録。監督として米アカデミー賞視覚効果賞を受賞し、スタンリー・キューブリック以来ふたり目の快挙を達成した。公式X:@nostoro
Oggi2024年8月号「いま会いたい、話したいグローバルな4人の先輩」より
撮影/黒沼 諭(aosora) ヘア&メイク/関谷まゆみ 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部