自分だけではどうしようもなくなったとき、周りの人の力を借りれば限界を超えられる
幼い頃から芸能活動を開始しすでに芸歴20年にもなる、俳優の井之脇海(いのわき・かい)さん。今はドラマや映画などの映像作品、舞台、ナレーションなど、さまざまなフィールドで活躍されています。
現在、28歳。『Oggi』読者とも重なる年齢で、働くことにおいてどんな考えを持たれているのでしょうか。「役者」という仕事についての想いや自分にとってのごほうびなど、井之脇さんご自身のことをお話いただきました。
なにもない舞台で「なにをしているか」がわかるよう、お客さんの幻想を埋めることが役者の使命
井之脇さんが出演されている作品を観ると、演じることを楽しんでいるような印象を受けます。いろいろな仕事をされていると思いますが、仕事自体に対してどんなことを心がけていますか?
井之脇さん(以下敬称略):映像と舞台とでは、当たり前ですが手法が違いますよね。映像は、基本的には撮影場所に行ってそこにあるものを見て、空気を感じて芝居ができます。劇場で上演される舞台は、僕たちの前にあるのは客席にいるお客さんの顔。僕たちは、そこに本来はないけれどお客さんが見ているものを想像で埋めていかなければならない。
お客さんが細部まできちんとイメージを持てるように、想像の部分を補填する作業ですか?
井之脇:そうですね。物理的にではなく、幻想を埋める。僕がなにかを見ている姿がちゃんと埋まっていないと、お客さんにはたぶんなにも伝わらないんですよ。
例えば今回の作品(『ボクの穴、彼の穴。W』)では、穴の外にあるなにかを僕らは見ていると思うんです。その「なにか」そのものは伝わらなくてもいいけれど、でも「なにか」を見ていることが伝わるように表現していくことが大事だと思っています。
今回の作品では、おふたり(井之脇さんと共演の上川周作さん)がそれぞれ穴に入っていて、その穴はどこにあるのか、出たらなにが見えるのかというのは観客それぞれに委ねられますよね。そういう余白が大きいことも、舞台ならではなのでしょうか。
井之脇:そう思います。台本を読む人によっては、どこかの森にある穴なのかもしれないし、もしかしたらものすごい紫外線を浴びていたりするかもしれない。それはもちろん、僕らの中ではイメージを持っていますけれども、お客さんがどう観るかはお客さん次第ですよね。
山が大好き! 忙しさの隙間で眺める山の画像に癒され、実際に登って喜びを体に染み込ませる
20年の芸歴の中で、仕事に行き詰まったときや壁に当たったときは、どう乗り越えてきたのですか?
井之脇:しょっちゅう壁にはぶつかっているんですけど、なんだろう…。いろいろな人の力を借りられるようになったこと。子役からやってきて、以前は「自分でやらなきゃ」「自分がしっかりしなきゃ」という意識が強かったのですが、周りの人に相談したりアドバイスをいただいたりして、自分の中で折り合いをつけているかな。あとは、いろいろな映画を観て自分の中に取り込むとか、外の力に頼るようになれたこともあります。
壁にぶち当たるということは、自分の限界から出るものが障壁になっているので、外の力を借りないと乗り越えられないと思うんですよね。だから恥を忍んで、監督なり現場にいる役者さんなりに「教えてください」と。言葉に出さなくても、乗り越えられるようなヒントを探したりします。
外の力を借りるようになれたのは、なにかきっかけがあったのですか?
井之脇:うーん、これというタイミングは正直ないんです。20年くらいやっていますが、役者としてがっつり仕事をし始めたのは20歳あたりからなんです。そこでいろいろな人との出会いで意識が変わり、吸収してきた感じです。
お忙しい毎日を過ごされていると思いますが、そんな中で井之脇さんをごきげんにしてくれることはなんでしょう?
井之脇:やっぱり山のことを考えている時間がいちばん楽しいですね。仕事も、日常の嫌なことも忘れて(笑)。スマホで山の画像を見ているだけでも、そこにトリップしているような気持ちになれるんです。実際に登るときは、しっかりと体に刻み込むように一歩一歩。心地よさが体に染み込んでいくようです。
舞台が終わったらどんな山に登りたいですか?
井之脇:飯豊山(いいでさん)。山形と新潟と福島をまたいでいる山で、尾根づたいに稜線を歩くと紅葉がものすごくきれいなんですよ。ちょっと深いところにあって日帰りでは行けないので、休みをもらって訪れたいですね。
周りの人の言葉や参考になるなにかを糧に壁を乗り越えることは、自分自身の成長につながること。そのポジティブな思考は、『Oggi』世代にとってもヒントになりそうです。
撮影/天日恵美子 スタイリスト/坂上真一(白山事務所) ヘア&メイク/大和田一美(APREA) 文/斉藤裕子
舞台モチロンプロデュース『ボクの穴、彼の穴。W』
【Story】
戦場に残された敵対する二人の若い兵士“ボク”と“彼”。二人は同じく穴の中で息をひそめて相手の出方を探っている。ボクが頼るものは戦場に向かう時に渡された1丁の銃と“戦争マニュアル”。そのマニュアルには、『彼は血も涙もない、本当のモンスターだ』と書かれている。二人は空腹に耐え、星空に癒され、家族を想いながら、もう随分長く独りぼっちだ。やがて限界が訪れ、ボクは相手の穴に向かう。「敵を殺さなければならない。でないと敵に殺されるからだ」。彼の穴に到着したボク。そこに彼の姿は無く、見つけたものは自分が持っているものと全く同じ“戦争マニュアル”。そこには“ボクがモンスターだ”と書かれている。衝撃を受けるボク。「ボクは人間だ!モンスターじゃない!ウソばかり書いてある!」そしてもう一つ見つけたものは、彼の家族写真。楽しい温かい家族写真だ。ボクは彼を想像する。こんな家族が待っている人間が、女や子供を殺す?ボクと彼は、同じウソをつかれているということだろうか…
【Cast&Staff】
翻案・脚本・演出:ノゾエ征爾
訳:松尾スズキ
原作:デビッド・カリ/セルジュ・ブロック
出演:<ボクチーム>井之脇海×上川周作/<彼チーム>窪塚愛流×篠原悠伸
【公演詳細】
<東京公演>
日程:2024年9月17日(火)〜9月29日(日)
会場:スパイラルホール
<大阪公演>
日程:2024年10月4日(金)〜10月6日(日)
会場:近鉄アート館