Oggi世代もきっと共感する、アラサー主人公の仕事の葛藤
主人公の明日花は28歳の出版社勤務。ファッション誌でカルチャーページを担当する明日花は希望しない部署に異動することになり、社の100周年記念プロジェクト「チーム」へ配属になった所から物語は始まります。
この小説は深いテーマがさまざま書かれているのですが、まずこの明日花を取り巻く環境や、明日花が抱く複雑な想いにとても共感して、最初から感情移入しまくり! な小説でした。
同じ職場で働く人たちのことをフォローしながらも、自分の方がフォローしてばかりでは? とモヤモヤしてしまったり。上司の「これからは一層頼りにしてるからね」という言葉にも、いいように使われているだけのような気がしてくる… と、正直同じ事を感じたことがあります(笑)。
こういう、この世代特有の葛藤やものの感じ方の細やかな描写が本当に上手で。自分でなんとなく感じているけれど言語化出来ないものが、似たような境遇の主人公の心理描写として書かれることで、私もこう感じていたんだ、と気付かされたり妙に腹落ちすること。それがあるので同世代が主人公の小説って好きだあなと思います。
学年誌と時代背景
主人公の明日花が務める出版社は「小学一年生」などの学年誌を主に発行する出版社。小学館がモデルなんだろうな、というのがすぐにわかりました。私も幼い頃に読んだ記憶があります。
小説の中では、これは手塚治虫の事だな、これは藤子・F・不二雄さんの事だな、という漫画家とのやり取りも出てきて、とてもリアル。そういった歴史上に名を残す偉大な漫画家達と、学年誌に想いをかける編集者達のやり取りもとても面白く夢中になって読みました。
明日花は異動先である「チーム」で学年誌を調べていく中、戦時中、明日花の祖母も同じ出版社で勤務していたことを知ります。祖母が勤務していた昭和の時代は、祖母のスエを主人公にした物語として。スエの生きる昭和と、明日花の生きる令和を行き来しながら物語は進みます。
特にスエを主人公にした戦時中の描写が本当にリアルで、当時の人々の生活がありありと描かれていたのが印象的でした。そして戦争が激しくなるにつれて、学年誌も戦争を肯定し「兵隊さんはかっこいい」と幼い子どもへの刷り込みをしていくこと。それが不本意だったのか、もう国全体がそういうムードだったのか、登場人物の描写がとてもリアルで色々と考えさせられました。
ただ、そんな中でも男性が戦地に赴き人員不足になる故に女性の社会進出が加速したのも事実。スエもその背景があり出版社で臨時職員として働くのですが、戦時中の貧しく大変な中でも働く喜びや日々学ぶことの楽しさがありありと描かれているのがとても伝わってきました。
親子三代にわたる母娘の関係性
出版社で臨時職員として働いた後、実家に戻り家業を手伝っていたスエのことを、スエが亡くなるかなり直前まで誤解していたのが娘(明日花の母)の待子。
獣医師として働き、被災地での動物救助活動にも従事する、自分の専門性と使命を持って働くいわゆる「キャリアウーマン」の待子は「スエはまともに働いた事がないから、自分の意志がなくて人に尽くしてばかりだから」と少々自分の母親を見下しているように描かれています。
そして待子と明日花も、待子が仕事一筋なあまり母娘の間柄がギクシャクしています。また、獣医師の子供なのに明日花が動物アレルギー持ちであることを理由に、幼い頃から母親と別居し祖母に育てられたということも要因に。
待子から見たスエは、世間知らずの主婦のように語られていますが、本当は学年誌を作る出版社で勤めた経験と関わった人々の想いに触れ、自分の娘を、その娘が学びたいように、進みたい道を進めるように、育て応援しました。そんなスエこそ、とても賢く強い女性だなと思います。
キャリアウーマンの娘が働いていない母親を少し見下す。逆にキャリアウーマンの母親を持つ娘が、仕事ばかりで一見家庭を顧みないような母親に反感を持ってしまう、というのはもしかしたら世の母娘によくあるような事なのかもしれません。
この小説では、最後にその絡み合ったものが解け、和解していくのがとても印象的です。私も自分が明日花くらいの年齢の頃は仕事に追われていて、専業主婦の母親を見ては棘のある言葉を言ってしまったこともあります。
きっと何もかも完璧にいく母娘も少ないと思います。それでも愛情と想いがあることは間違いなくて、そんな母娘それぞれの描き方がとても素敵でした。
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戦時下の人々の生活や思想がどうであったか、母娘の関係性、出版社や編集者が作り上げるものにかける想い、さまざまなものに思いを馳せる事ができる大作で、とても読み応えがある小説。フィクションではあるものの時代背景や学年誌の歴史はほぼ事実なのではと感じる事ができます。まるで長編の朝ドラのような世界観! と感じる人も多いと思います。読み応えのある小説に浸りたい方に、とてもおすすめです。
オッジェンヌ 大枝千鶴
2015年からOggi読者モデル「オッジェンヌ」として活動。営業職という仕事柄、通勤服は好感度が最重要事項。最先端のIT企業で働きながらも歌舞伎と着物が大好きという古風な趣味をもつ。一級きもの講師。Instagramアカウントはこちら:@chizuru_oeda