読書は「孤独から抜け出す道」。実体験に基づく再生の物語
今回、書評家の石井千湖さんがおすすめする『ミッドナイト・ライブラリー』は、英米のAmazonでレビュー数が20万件を突破したという、世界的なベストセラー小説。
著者のマット・ヘイグはイギリスの作家。24歳のとき、うつ病と不安神経症をダブルで患い、自殺する寸前までいった。
その体験を克明につづった『#生きていく理由』によれば、うつのドン底で身動きできなかったヘイグ氏にとって、読書は「孤独から抜け出す道」だったという。
『ミッドナイト・ライブラリー』は、本に救われた作家が実感にもとづいて書いた再生の物語なのである。
“選ばなかった人生”が教えてくれることは?
『ミッドナイト・ライブラリー』
主人公のノーラは、楽器店で働く35歳の女性。適応障害を抱えている上に、ほぼ同時期に飼い猫と仕事を失ってしまう。ノーラは命を絶とうとするが、目覚めると石造りの建物の前にいた。そこは生と死の狭間にあるという「真夜中の図書館」だった。
動く書架に並ぶ緑色の本を開くと、あったかもしれない別の人生に飛ぶことができる。ノーラは高校時代に親しくしていた図書室の司書・エルム夫人の導きで、過去を振り返っていく。
恋人と結婚していたらよかったかも、水泳やバンドのヴォーカルを続けていれば成功したかもなど、ノーラには「いろいろなものになり損ねた」という後悔があった。だから、なりたかった自分になってみる。
同じ人間でも異なる人生に突然割り込むことになるので、知らない人について話すことになったり、状況もわからず大役を任されたり、ピンチに陥ることもしょっちゅうだ。夢を叶えていても幸せとは限らない。
しかし、緑の本を通じた冒険が、死にたがっていたノーラを少しずつ変える。
印象的なのは、図書館の案内役のエルム夫人が繰り返し語る「学習する唯一の道は生きること」という言葉だ。本物の人生は一度きりしかない。もし、あのとき違う決断をしていたらと思っても、時間を巻き戻して生き直すことは不可能だ。だからこそ、世界には書物がある。
本の作者や登場人物と一緒に生きることで、自分の中に何かが残る。ノーラとともに図書館を旅することで「今ここ」だけがすべてではないとわかるのだ。
『ミッドナイト・ライブラリー』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
著/マット・ヘイグ 訳/浅倉卓弥
全英1位を獲得、世界43か国で刊行された世界的ベストセラー小説。飼い猫を亡くし、仕事はクビ、話を聞いてくれる家族や友人もいない。後悔ばかりが頭をよぎり、人生のドン底にいたノーラは自殺を決意。しかし目を覚ますと、目の前に不思議な図書館があらわれ…。だれもが一度は経験するであろう感情に寄り添う、心温まる物語。
2022年Oggi5月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
撮影/新垣隆太(パイルドライバー) 構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
石井千湖(いしい・ちこ)
書評家。新聞や雑誌で主に小説を紹介している。共著『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』(すべて立東舎)のほか、新刊『名著のツボ 賢人たちが推す! 最強ブックガイド』(文藝春秋)、『文豪たちの友情』(新潮文庫)が好評発売中。
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