激動の時代を生きた先輩から学ぶ
人生の先輩から学ぶことは多い。自分の経験だけでは太刀打ちできないことの方が多いから。先輩たちはそんな困難にそっと背中を押す金言と、自分を見つめ直すきっかけをくれる。
今回書評家の石井千湖さんがおすすめするのは、女性の地位の歴史をたどりながら、生き方を問う一冊。
女性史研究先駆者の本で生き方を見つめ直す
『新編 おんなの戦後史』
1946年、日本の女性は初めて参政権を得た。そのとき選挙で一票を投じたひとりが、女性史研究家のもろさわようこだ。『新編 おんなの戦後史』は、97歳の今も活躍するもろさわさんの代表作。古代から現代まで、日本における女性の地位の変遷をたどる。語り口はていねいかつ優しいが、読んでいると自分の生き方を問われている心地がする。
たとえば「おんなの歴史と現代の問題点」の章。時代ごとの結婚のかたち、家族のあり方を解説し、封建的な社会を最底辺で支えた人たちの存在をクローズアップする。ここで印象的だったのは、ドストエフスキーの小説の主人公の「毎朝いっぱいのおいしいお茶がのめるなら、世界なんか破滅したってかまわない」という言葉にまつわる考察だ。もろさわさんはこの主人公のようなエゴイズムはだれもがもっていると肯定した上で「けれど、お茶をつくっていないあなたは、世界が破滅したら、おいしいお茶がのめなくなるはずです」と指摘する。そして、おいしいお茶の話が、「自分の働く意義」を考える話につながっていく。
「おんなの戦後史」の章では、戦争の被害者であった女たちが、一方では共犯者でもあったことを告発する。もろさわさんは戦争体験者なので、批判の刃は当然自分にも向けられているのだ。何か悲惨な出来事が起こったとき、社会全体が過ちを犯したとき、情緒に流されないで、自らの行動をかえりみることができるかどうか。問われていると感じる。
歴史に大きな足跡を残した有名人を取り上げるだけではなく、民衆の視点を重んじているところも、本書の魅力だ。たとえば「女いまむかし」の「機と女」。もろさわさんは紫式部や清少納言のように自ら文章をつづることもなく、名のある男の妻にもならず、囲われもせず、それらの人たちが着ていた美しい着物を織ることにひたすら励んで、歴史の底に沈んでいった女たちに思いを馳せる。
ただ思うだけではない。現場にも通う。特に沖縄の「おばあ」の話は忘れがたい。もろさわさんとさまざまな女性の生きざまに敬意を覚える一冊だ。
『新編 おんなの戦後史』(ちくま文庫)
著/もろさわようこ 編/河原千春
女性史研究先駆者の代表作を新編集。古代から現代までの女性の地位の変遷を描き出した、フェミニズムを知ることができる一冊。平塚らいてうの人物伝、96歳当時の著者の書き下ろし、韓国文学で数多くの翻訳を担当する斎藤真理子の解説など、豪華内容を収録。
2022年Oggi4月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
撮影/新垣隆太(パイルドライバー) 構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。