メダルの素材はなぜ金・銀・銅の3つなの?
北京オリンピック盛り上がりましたね。選手たちの努力が報われ、記録更新やメダルという結果がついてくると、応援している私たちもとても嬉しくなります。
ところでなぜメダルは金、銀、銅の順番なのでしょう?
第一回オリンピックの一位は銀メダルだった!
メダルといえば一位は金メダル、二位は銀メダル、三位が銅メダルですよね。
しかし、1896年開催の第一回アテナオリンピックでは、財政事情を踏まえ、一位が銀メダル、二位が銅メダル、三位以下はメダルはなしだったのだそう。
そして、1904年の第三回セントルイスオリンピックからは現在と同様、一位は金メダル、二位は銀メダル、三位が銅メダルとなりました。
なぜ金銀銅の順なの?
一位は金メダル、二位は銀メダル、三位が銅メダルとなった理由は、金属としての価値・希少性を考慮した結果といわれています。
そのほか、ギリシャ神話で語られる時代の順番が、黄金時代→白銀時代→青銅時代であることに由来するという説もあります。
プラチナメダルはなぜないの?
アクセサリーで考えてみると、金と同様に高価な金属にプラチナがありますね。クレジットカードもゴールドカードの上はプラチナカードです。プラチナメダルは候補にならなかったのでしょうか?
実はプラチナは金や銀より融点が高いため溶けにくく、加工に技術が必要であったため、扱いにくい金属として銀よりも価値が低いとされてきました。
18世紀に入り、加工の技術が進展、さらに妻がマリー・アントワネットで有名なルイ16世が「プラチナこそ王にのみふさわしい貴金属である」と宣言したこともあり、人気が高まっていきました。
現在は希少性とともに価値が認められるプラチナですが、金などに比べ、その価値が認められた歴史は浅く、また金などに比べて加工が容易ではなかったことから、メダルの素材としては用いられなかったようです。
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いかがでしたか? メダル以外で金銀銅で思い浮かぶのは通貨ですね。日本史で、江戸時代に日本から金貨が大量に流出し、財政が困窮したと学んだ記憶がないでしょうか。それは、海外における金貸と銀貸の交換比率に対し、日本では同量の金貸を手に入れるため必要な銀貨の量が1/3で良かったことから、海外から銀貨を持ち込んで海外に金貨を持ち出したという経緯だったんです。
ここからも当時から金貨の価値が高かったこと、また世界で共通して金の価値が認められていたことがわかります。そう考えるとやっぱり一位は金メダル、二位は銀メダル、三位が銅メダルは必然にも思えますね。
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鶴田初芽
都内在住のOLライター。マナーインストラクターであり、実用マナー検定準一級や敬語力検定準一級など、ビジネスにおけるマナーや、マネーに関する資格(2級ファイナンシャル・プランニング技能士、金融コンプライアンスオフィサー、マイナンバー保護オフィサー)などを保有。丁寧な暮らしに憧れ、断捨離修行中!