生き方も死に方も私の自由でいい!
恋愛をして、結婚して、誰かと共に生きなければいけないと思ってしまうのはなぜだろう?
今回書評家の石井千湖さんがおすすめする『余命一年、男をかう』はそんな私たちの固定観念を壊し、でも時には人に弱音を吐いたっていい! と気づかせてくれる一冊です。
自立した女性への新たな希望を見出す一冊
『余命一年、男をかう』
「だれに頼ることもなく一人で生きていけるだけのお金を稼いで、収支トントンで終えること」を人生の目標にしていた40歳の女性が、子宮頸がんを告知されてしまう。
吉川トリコの『余命一年、男をかう』は、衝撃的な冒頭に引き込まれる。命にタイムリミットを設けて受け手を泣かせようとする物語に違和感を抱く人や、経済力のある者が貧しい相手を見初めるシンデレラストーリーにノレない人にぜひ読んでほしい。何より世知辛い現実をサバイバルしながら知的好奇心に満ちていて、面白い本を求めている人におすすめしたい長編小説だ。
主人公の唯は、地方都市の機械商社に勤めている。給料は高くないが20歳のときに中古マンションを購入し、日々節約して預金を増やしてきた。恋愛はコスパが悪いからしたくない。自分だけの部屋で好きな香りのお茶を淹れ、好きな俳優の出ているドラマを見ながら趣味のキルトに励む生活に幸福感をおぼえていた。
しかし「余命一年」と医師に告げられた病院で、ピンク色の髪をした男に「金貸してくんない?」と頼まれたことをきっかけに、唯の心境に大きな変化が起こる。
男の名前は吉高。職業はホストで、コロナ禍と家族の病気によって経済的に追い詰められていた。がんの治療をするつもりがない唯は、初対面の吉高にあっさり金を渡し、彼の体と時間を買うのだ。自棄になるにもほどがある。唯は吉高に魅了されていくので心配にもなる。
だからといって、金で結びついたふたりが本当の恋に落ちて…… というような安易な展開にはならないところがいい。まったく考え方が違うふたりの激しいぶつかりあいが、リズミカルな文章でユーモラスに描かれる。
本書は自分で働いて稼いだお金で生きている女性に最大限のリスペクトを払いつつ、ひとりで頑張らなきゃいけないという呪いを解き、新しい生き方の可能性を見せてくれるのだ。
『余命一年、男をかう』(講談社)
著/吉川トリコ
『ねむりひめ』で第3回「女による女のためのR‒18文学賞」大賞、読者賞を受賞した著者による最新作。余命一年と宣告された40歳独身の唯がひょんなことからピンク頭のホストに出会い、奇妙な交流が始まる…。自分の中にある、無意識のうちの偏見や先入観に気づかされる一冊。
2021年Oggi11月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。