未知の文化が教えてくれる、目からウロコな仕事論
今回書評家の石井千湖さんがおすすめするのは、日本人の偏狭な仕事観・経済観・人生観を裏切り、解きほぐすような一冊。
文化人類学者が体験した、知られざる場所の知られざる人々の「働き方」に、思わずはっとさせられるはず。
「多様な働き方」への視野が広がる、働く30歳からのための良書!
『働くことの人類学【活字版】仕事と自由をめぐる8つの対話』
『働くことの人類学』は、コクヨ野外学習センターのポッドキャスト番組で公開された6つのエピソードに新コンテンツを加えて書籍化したものだ。文化人類学者の松村圭一郎さんとゲストが仕事について語り合う。巻頭対談の柴崎友香さん以外、ゲストはみんな人類学者だ。人類学者といえば、フィールドワーク。パプアニューギニアの貝殻通貨から日本の家庭料理まで、世界各地の人々の暮らしと経済を調査したときの話が語られている。
なかでも強烈なのが、南部アフリカの「ブッシュマン」と呼ばれる狩猟採集民を取り上げた第2話「不確実性と生きる」だ。まず、ゲスト人類学者の丸山淳子さんがアフリカに行くことになったのは就職活動に失敗したから、というくだりに親近感がわく。
丸山さんがメインフィールドにしているのは、政府による開発プロジェクトによって近代化や定住化を進めるためにつくられた場所。住民の多くが賃金労働をしながらも、狩猟採集をなるべくやめずに暮らしているという。
丸山さんは新旧の働き方をなんの抵抗もなく共存させるブッシュマンを見て、「どうして私は『新しいことが来たら古いことはやめるものだ』と思い込んでいたんだろう」と気づかされたそうだ。ブッシュマンは子供から大人まで「好きじゃないことはやらない」し、生きる糧を得る手段が複数あるのは当たり前。柔軟なのだ。開発を進める役人は「ひとつのことをするやつら」と陰口を言われているというくだりが面白い。
日本とアフリカでは歴史や環境がまったく異なるので、ブッシュマンの働き方をそのまま取り入れることは難しい。けれども、食べていけるならひとつの仕事を極めなくちゃと肩に力を入れなくてもいいのかな、と思える。それぞれの文化圏における自立と相互扶助のあり方もとても興味深い。コロナ禍によって不確実性が増した世界を歩くときに、視野を広げてくれる一冊だ。
『働くことの人類学【活字版】仕事と自由をめぐる8つの対話』(黒鳥社)
編/松村圭一郎、コクヨ野外学習センター
狩猟採集民、貝の紙幣を使う人々、アフリカの貿易商、世界を放浪する民族など文化人類学者である松村圭一郎が目の当たりにした、世界のさまざまな場所で生きる人たちの「働き方」や「仕事論」に思わずはっとさせられる。私たち日本人の、不自由で凝り固まった価値観を一新してくれる対話集。
2021年Oggi10月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。