30歳になるのが怖かった。でも、乗り越えるほどに「生きててよかった」
◆書くことで救われてきました
ブログサービスnoteに書いた文章がバズったことをきっかけに、作家として活躍している岸田奈美さん。Oggi.jpに初登場した1年前、30歳を目前にした心境を「すごく怖い」と語っていました(記事はこちら)。さて、実際に30歳を迎えてみて、その心境には変化があったのでしょうか。
「やっぱり、怖いですよ。自分はとっても怠惰な人間だし、人に失礼なことやミスは連発するし、なぜかトラブルに巻き込まれるし。それでも、なんとか笑って許されるのは20代までだと思っていましたから。
また、文章を書くことでつらいことから救われてきたけれど、状況が変わってもまた別のしんどさはあることも、わかりました。
しんどさがない場所はない。昨年12月の時点で、1冊目の印税を使って母のためにボルボを買ったら、まさかその2ヶ月後に母が感染性心内膜炎で大手術をすることになるなんて。しかもずっと家で一緒にいると思っていた祖母はデイサービスに、弟はグループホームに通うようになり、家族の形はこの1年で一変。福祉の手続きをやったり、そのかたわら週3回noteに投稿したり、どっちもしんどいです。
でも、原稿を書くのは私にとって“楽しめる”しんどさです。ミスやトラブルは原稿のネタになるし、呼吸をするように、4000文字くらいなら1時間かからずに書き上げます。自分をすり減らさないしんどさなので、乗り越えるほど、“生きててよかった”と思えます」(岸田さん)
◆ひとりで頑張るばかりが自立じゃない
今も変わらず「失礼なことをする」「先の計画も立てない」と自嘲する岸田さんだが、それらをそのまま書いた成果は、最新刊の『傘のさし方がわからない』となり、30歳からの働き方や自立を考えさせる内容になっています。
「祖母の認知症、母の大病などがあって、私自身は自立について考えるようになりました。それまで自立というと、ひとりで頑張ることだと思っていたんです。そうじゃなくて、人に頼りながら、自分が自由に生きられるようにすること。そうでなかったら、自分のことを好きになれません。人に頼り、家族をサポートしてくれる先を増やし、それが結局は家族にとっても自分にとっても、いいのだとわかりました。
私自身が30歳を前にしたとき、体調の変化をわかりやすく感じるようになりました。これまで気にならなかった生理痛が重たくなったり、偏頭痛がさらにひどくなったり。でも、低気圧で頭が痛くなるとわかっていれば、あらかじめ気づけるし、周囲にも事前に伝えておけます。どんなことも、ひとりで辛さを抱えないで、助けて! って声に出してみる。そうしたら、意外とこんなものかってなりますよ」(岸田さん)
◆人に優しくされるのがおそろしい
「そして助けを求めると、周囲に喜ばれることもわかりました。かつては、優しくされたお返しをしないといけない辛さがあったり、優しさの押しつけに疲弊してしまったこともありました。でも、そうじゃないんです。“助けてくれてありがとう”。そう受け取ることが優しさ。何かで返そうとしなくていい。そうわかってからは、辛さも和らぎました。
優しくされるのが怖かったのは、それに対して行為で返せない自分に落ち込んでいたから。返そうと負担に感じる必要はなくて、また私が別の人を助ければいいんです」(岸田さん)
最新刊『傘のさし方がわからない』の中で、岸田さんはこれを「優しさのバトン」と表現し、<優しい人が好きだけど、人に優しくされるのがおそろしい>という章で丁寧に語っています。それは、冒頭で岸田さんが話した「自立」とも通じることで、岸田さん自身の30代のテーマ。
「優しさだけじゃない。イヤなことを言ってくる人に出くわしても、そんなことに気を取られず、きっと相手にも事情があるんだろうと発想を転換します。くよくよと原因を悩んでみても、自分を疲れさせるだけですから。きっと、世の中悪い人はそんなにいない。そう思うようにしてます」(岸田さん)
こんなハッと気づかされる話から、とにかく笑える珍エピソードまで、岸田さんのこの1年の出来事が、最新刊『傘のさし方がわからない』にギュっとつまっています。
*webDomani では、「これからの家族のかたち」について岸田さんが語ります。あわせてご覧ください。
最新刊『傘のさし方がわからない』発売中
岸田奈美さんがこの1年間でブログサービス「note」に書き綴ったエッセイから、多くの方に届けたい18本を厳選して掲載。ゲラゲラ笑えて、ときにしんみり、なんだか救われてしまう爆走エッセイ第2弾。
撮影/黒石あみ 取材・文/南 ゆかり