なんだか全然うまくいかない… こんな現実、逃げてしまいたい!
仕事も、恋愛も、現実はそう上手くいかないってわかっていても、やりきれない気持ちになるときはある。そんなときに新たな一歩を踏み出す勇気をくれる本って?
今を生きる女性たちのリアルな声を凝縮した物語
『彼女の名前は』
読んでいると、ものすごく胸苦しい。『彼女の名前は』は、現実の暗さを容赦なく描いた短編集だ。著者は映画化もされたベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』のチョ・ナムジュ。収録作は28編。9歳から69歳まで、60人あまりの女性が著者に語った話を小説にしたという。同時代を生きる人々の声が凝縮されているのだ。
たとえば「二番目の人」のソジンは、勤め先で自分の指導を担当する10歳年上の既婚者の係長に体を触られ、執拗に言い寄られてしまう。セクハラの証拠はいくつもあるのに、人事部に訴えても解決しないどころか、ソジンのほうが追い詰められていく。問題を起こした加害者よりも、表面化させた被害者がなぜか責められる。日本でも「あるある」の話だ。しかし、ソジンは「今からでもやめたほうがいいだろうか」と迷いながら戦う。「二番目の人になりたくはなかった」からだ。その言葉の意味がわかったとき、ソジンの物語が他人事ではなくなる。
「離婚日記」「結婚日記」「母の日記」は、姉妹とその母親の結婚にまつわるさまざまな思いをつづった話だ。突然家にやってきた義母が「タコの水炊き」をつくったことをきっかけに離婚した姉の「結婚しても誰かの妻、誰かの嫁、誰かの母になろうってがんばらないで。自分のままでいて」という言葉が、結婚式を目前に控えモヤモヤを抱えていた妹に影響を与えるところがいい。また、結婚するつもりがない娘に「歳をとったら寂しくなるわよ」と言っていた母は、自らの孤独な日常に気づき、新たな一歩を踏みだす。
登場する女性たちは、いずれも特に気丈な性格というわけではない。ただ、我慢をやめて、言いたいことを口にする。自分のことだけではなく、次の世代のためにどうしたら状況がマシになるかを考える。勇敢な女性の声に耳を傾けているうちに、暗闇のなかに「かすかな光」が見えてくる。
『彼女の名前は』(筑摩書房)
著/チョ・ナムジュ 訳/小山内園子、すんみ
セクハラにあった女性が闘い続ける理由、地下2階の部屋に住む女子生徒の悩みとは…。9歳から69歳まで、今の韓国を生きる女性たちに著者が話を聞いて紡ぎ出した物語の数々。どこにでもいる女性たちだからこそ、彼女たちの選択に心打たれ、勇気をもらえる。
2020年Oggi12月号「働く30歳からのお守り」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。