サチとタモツは、“前向きなお別れ”をしたと思っているんです
佐藤サチ(岸井ゆきの)と佐藤タモツ(宮沢氷魚)の、恋人から夫婦、家族となり、そして別れるまでの15年間を描いた映画『佐藤さんと佐藤さん』。物語後半、弁護士として働くサチと、司法浪人生で予備校講師のアルバイトをするタモツの関係が、少しずつズレていく様子が描かれます。
インタビュー前編▶︎宮沢氷魚「主人公の不器用さが理解できて、演じていて苦しい時間が長かった」|インタビュー前編
──先ほど「タモツの不器用さはすごく理解できる」とおっしゃっていましたが(インタビュー前編参照)、実際にタモツのどんなところを大切にして、演じたのでしょうか?
宮沢さん(以下敬称略):そうですね。最後の別れに向かうまでの、タモツの心境の変化でしょうか。
サチとふたりだったときと、息子のフクができてからでは、タモツの心は大きく変わったと思うんです。子育てが大きなモチベーションのひとつになって、物語では、日中はサチが外で働いて、タモツが育児をしながら司法試験の勉強をしていきますが、やっぱりそううまくいかないじゃないですか、育児って。タモツの中でキャパはとっくに超えているんですけど、性格的に、なんとかそれを押し込んでしまう。でも押し込んで押し込んで堪えていても、結局寝込んじゃったり、願書を出せなくなっちゃったり、どんどん答えが見つからなくなるんですね。
──タモツはすごく優しい人なのに、プライドが傷つけられて、本当の自分じゃなくなっていくところは、本当に辛そうでした。
宮沢:ときに地元に逃げ道を探してしまったり、やっぱり弁護士という目ざしてきたゴールに向かわなくてはと決心したりっていう、さまざまな心の揺れを軸に、タモツという人物をつくっていった気がしますね。結局、その決心がきっかけで別れることになってしまいますけど。
──ラストは、観る人によって感想が大きく違いそうです。
宮沢:捉え方によっては悲しい別れですけれども、実際に演じ終わってみて思うのは、すごく“前向きなお別れ”だったということ。実はお別れとも僕は思っていなくて、もう夫婦ではないですが、家族ではありますし、“育児をしていくパートナー”ということに関しては何も変わらないので、お互いが、ひと皮もふた皮も大きく成長していくための別れだったって、今は思いますね。

夫婦や家庭、それぞれのスタイルの中で正解を出すのが、本来のあるべき姿
──司法浪人を続けるタモツは、どんどん傷つき、孤独になっていきます。そういった部分に、宮沢さん自身も共感できるところがあるのでしょうか。
宮沢:自分の経験からいうと、少なからず男のプライドというものはあって。たぶん自分にすごく期待しているからこそ、それを否定されたときとか、自分が応えられなくなった瞬間に、悲しみに変わったり、人によっては怒りに変わったりすると思うんです。それは男女に限らず、人間だれにしもあって。
サチとタモツは、今まで普通といわれてきた、“男性が働きに出て女性が家を守る”という生活が、極端にいえば逆転していて、そこで生まれる葛藤がタモツにはたくさんあった。そこの正解は、作品では答えらしい答えは提供していないですけど、ひと組の夫婦の形として歩んできた道は表現していて、観た人それぞれが感じ取るものは違うと思うんです。作品のテーマとまではいえませんが、今、世の中的にこうしたほうがいい、ああしたほうがいい、みたいなものがはっきりしすぎている部分に、疑問を投げかけるというか。それぞれの家庭のスタイルや夫婦のスタイルがあって、その中で正解を導き出していくのが、本来あるべき姿であると思うので、そこをちょっとでも皆さんが考えるきっかけみたいなものを、与えられたらいいなとは思いますね。

周囲に感じていた疎外感から、社会に出てやっと解放されました
──ちなみに、宮沢さんの代表作のひとつである映画『エゴイスト』の原作は、Oggiと同じ小学館から出ているのですが。
宮沢:お世話になりました(笑)。
──今、お話を伺って感じたのですが、いわゆる社会がこうあるべき、みたいな形ではないものに対して、宮沢さん自身の関心が高いのでしょうか。そういったテーマを扱う作品に参加したいと、意識されていますか?
宮沢:それは、僕が育ってきた環境だと思います。アメリカで生まれて日本育ちで、ずっとインターナショナルスクールに通っていたので。インターって、本当にいろんな人がいるんですよ。文化も言語も宗教も、みんな違うんですけど、同じ場所で同じ経験をしてっていう。両親の教育方針もですけど、こういうメソッドですとか、これが正解ですっていう教育ではなくて、答えをみんなで導き出していって、その導き出していくまでの過程を、すごく大事にしていて。たとえ答えが間違っていても、どういうふうにその答えにたどり着いたかを証明していこうよ、という考え方でした。何かの課題に対して、みんなのアプローチが違い、いろんな答えが出てくるけど、なぜこんな答えになったかをディベートするのが楽しいという時間を、僕は子どものころから過ごしていたんです。みんなの考え方や感じ方が違うのはあたりまえという経験があるからこそ、この『佐藤さんと佐藤さん』とか『エゴイスト』に惹かれたのかなとは思いますね。
──そんな出来事があったんですね。じゃあ宮沢さんは、社会人になってから周囲との違いを感じたりしたのでしょうか?
宮沢:それは子どものころからも、ちょっと感じていました。クォーターということもありますが、一歩学校の外を出ると、周囲から「君は僕たちと違うよね」みたいな空気感を感じていて。それはときに言葉でいわれたこともあるし、言葉ではなくても感じ取るものが、薄々あったんです。子どものころはそれで悩んだりもしたので、だから学校にいる時間だけが唯一守られている感じがして。友達も同じような境遇で苦しんでいたりしたから、みんなで助け合おうよっていうムードが、キャンパスにはありましたね。
でもいざ大人になって、特にこのお仕事をしていると、周りと違ったほうが面白い瞬間もあるんです。ようやく、当時の友達や学校の思い出に守られていたものから解放されて、外でも自分のやりたいことや表現したいものを、実現できる日々を過ごせるようになりました。
──宮沢さん、お仕事が順調な印象なので、まさかそんなふうに思われていたとは想像もしていませんでした。それでは、最後にあと1問だけ。
宮沢:はい。
──宮沢さん自身は、サチという女性は好きですか?それとも苦手ですか?
宮沢:あ、好きですよ。
──そうですか!自分を差し置いて司法試験を受けちゃう感じとか、男性によっては苦手かなと思ったのですが。
宮沢:僕がタモツの立場だったら、また違うかもしれないですけど、個人的にはけっこう面白いっていうか。すごく身近なことでいうと、ふだんだったら行かないところとか食べないものも、サチと一緒にいたら、意外といい場所だったね、美味しいねって思えそう。そういう小さな発見をたくさん与えてくれるような人なんじゃないかな。ちょっと強引かもしれないですけど。
──じゃあ、もし実在していたら、好きになるかもしれませんか?
宮沢:まあ……可能性はあるんじゃないでしょうか(笑)。
インタビュー前編▶︎宮沢氷魚「主人公の不器用さが理解できて、演じていて苦しい時間が長かった」|インタビュー前編
撮影/田中麻以 スタイリスト/末廣昂大 ヘア&メイク/KUBOKI(aosora) 構成/湯口かおり、皆川彩乃
映画『佐藤さんと佐藤さん』
活発な佐藤サチ(岸井ゆきの)と、真面目な佐藤タモツ(宮沢氷魚)。大学で出会った正反対な性格のふたりはなぜか気が合い、同棲を始める。5年後、弁護士を目ざしているタモツは司法試験に失敗。サチは独学を続けるタモツに寄り添い応援するため、自身も勉強をして司法試験に挑むことに。そして見事合格したのは……サチだった──。弁護士になったサチと、子育てと家事をしながら勉強し続けるタモツ。あの時のふたりは変わってないはずなのに。なんでだろう、段々と変わっていくのは──。(公開中)

(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
出演:岸井ゆきの 宮沢氷魚 藤原さくら 三浦獠太 田村健太郎 前原 滉 山本浩司 八木亜希子 中島 歩 佐々木希 田島令子 ベンガル
監督:天野千尋
脚本:熊谷まどか 天野千尋
配給:ポニーキャニオン
製作プロダクション:ダブ
映画公式HP
ジャケット[参考商品]、ドレスシャツ¥128,700、パンツ¥174,900、シューズ[参考商品]、カマーバンド[参考商品]、カフ

宮沢氷魚
1994年4月24日生まれ、アメリカ・カリフォルニア州出身。2017年にテレビドラマ『コウノドリ』(TBS)で俳優デビュー。初主演映画『his』(2020年)では数々の新人賞を受賞、映画『騙し絵の牙』(2021年)にて第45回日本アカデミー賞新人俳優賞、映画『エゴイスト』(2023年)にて第16回アジア・フィルム・アワードで最優秀助演男優賞を受賞。また連続テレビ小説「ちむどんどん」(2022年/NHK)の出演でも話題を呼ぶ。その他の主な出演作品には、映画『ムーンライト・シャドウ』(2021年)、『レジェンド&バタフライ』(2023年)、『52ヘルツのクジラたち』(2024年)、ドラマは大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(2025年/NHK)、「しあわせは食べて寝て待て」(2025年/NHK)がある。



