映像には描かれていないけど、流れている時間を感じてほしいですね
大学時代に付き合い始めた、性格が正反対の佐藤サチ(岸井ゆきの)と佐藤タモツ(宮沢氷魚)。結婚後、司法浪人生であるタモツを励ますために、サチも受験を決意しますが、合格したのはサチだけという結果になってから、お互いの関係性はゆっくりと変化して……。22歳から37歳まで、出会いから結婚、息子の誕生、別れまでのふたりを、丁寧に描いた映画『佐藤さんと佐藤さん』。宮沢氷魚さんは、真面目で優しい青年・タモツを演じています。
──まずは、本作の魅力を教えてください。
宮沢さん(以下敬称略):大きな出来事ではなく、とても日常的な、家族という小さな世界から生み出される、いろんな可能性を秘めた作品だということですね。登場する人物それぞれにいろんな葛藤があって、ときにぶつかったり、ときに助け合ったりっていう、本当にふだん、僕たちが生きていく中で経験することを凝縮した作品なのかなと思います。観る人にとっても、いろんな解釈がありそうな。
──作品では、サチとタモツの会話が、かなり長く描かれていますが、撮影前には入念なリハーサルがあったとか。
宮沢:出会いから別れまでの15年間の物語なので、映像に出てくるシーンだけでなく、「描かれていない時間」というものも、作品の中にはしっかりとあって。今回はクランクインの前に、天野千尋監督と岸井さんの3人でリハーサルをして、その空白の時間をどう埋めていくかというところまで、しっかり確かめることができたんです。
最初は雑談とか、お互いのことを知るところから始まって、それぞれの人物像を見つけ出していく作業や、どういった温度感でふたりの世界をつくっていくかを探るリハーサルをしました。あえて演技を固めすぎないというか、いろんなことを試してみて、その時間を楽しむような。だから、作品中に描かれていないところも、僕たちの中ではしっかりプロセスを追って、年月をどう過ごしたかを消化して演じているので、シーン自体は断続的ですけど、物語は一貫して進んでいるところが、ひとつの見どころになっているかなと思いますね。

自分の感情を表現できないタモツの不器用さは、すごく理解できました
──宮沢さんは、タモツをどんな人物だと思いましたか?
宮沢:僕もそうですけども、あまり自分の感情を言語化するのが、そんなに得意じゃなくて。タモツは優しい人だと思うけど、自分で思っているものやぶつけたいものが、なかなかうまく伝えられないフラストレーションを、サチに爆発させてしまうんです。すごく家族思いで、サチや息子のフクのことをいちばんに思っているからこそ、負担をかけたくないという気持ちを溜め込んでしまう。で、うまくいかないことがあると自分を責めたり、見えないゴールに向かっている不安が、自分の中で大きくふくらんでいってしまって……。そういう不器用さは個人的にもすごく理解できるので、演じながら苦しかった時間が長かったですね。
──そうだったんですね。特に思い出深いシーンはどこですか?
宮沢:いっぱいありますけど、どこだろう……。サチだけが司法試験に合格したあとに、喫茶店でもめるシーンかな。今も説明しようとしても、なかなかうまくできないんですけど、サチだけが合格したことに対しての妬みや自分のカッコ悪さとか、おめでとうっていいたい気持ちもあるけどいえないこととか、これからの生活をどうしようといった現実的なことまで、タモツのいろんな感情が凝縮されていて。セリフも少なく、沈黙が長いシーンなんですけど、その沈黙をどう埋めていくかは、監督や岸井さんと話し合って、何回も何回も撮影して、ああいったシーンになったので、そういう意味ではすごく思い出に残ってますね。
人生は、幸せな時間より悩んでいる時間のほうが長いと思っているんです
──確かに、店員さんに八つ当たりしてしまう部分なんかは、とてもリアリティがあって印象的でした。ほかに、この作品がほかのラブストーリーや家族の物語と違うなと思う部分って、ありますか?
宮沢:そうですね、この作品は、幸せな時間よりも、それぞれが苦しんでいる時間を描いている部分が、たぶん多いと思うんですよ。
──なるほど。
宮沢:なかには、映画に幸せな時間をたくさんもらって、そこに救われたいと思う観客の方も、たくさんいる。でもこの作品はもっとリアルな、日々みんなが戦っているであろう苦しみみたいなものもちゃんと描いているので、「私はどういうふうに思ったんだろう」「私の場合だったらどうしよう」ってすごく考えさせられるから、そこが大きな違いかな。
僕は、実際に毎日過ごしているなかで、もちろん幸せな時間はたくさんありますけど、やっぱり苦しい時間や悩んでいる時間のほうが長いと思っているんです。でもそこをどう乗り越えていくか、その経験すらも、人生においての小さな喜びにつながっていくと信じてもいて。恋愛や家族のことだけでなく、自分の悩みや苦しみをどう昇華するかを考える、きっかけを与えてくれる作品だとも思いますね。だから、もし作品を誰かと観に行くのであれば、終わったあとにちょっとお茶しながらでも話し合って、自分の中でも新しい発見や考え方を、生み出してほしいなというのはあります。

インタビュー後編では、宮沢さんの考える理想のパートナーシップ、自身の子ども時代のお話についてもお聞きしました!
撮影/田中麻以 スタイリスト/末廣昂大 ヘア&メイク/KUBOKI(aosora) 構成/湯口かおり、皆川彩乃
映画『佐藤さんと佐藤さん』
活発な佐藤サチ(岸井ゆきの)と、真面目な佐藤タモツ(宮沢氷魚)。大学で出会った正反対な性格のふたりはなぜか気が合い、同棲を始める。5年後、弁護士を目ざしているタモツは司法試験に失敗。サチは独学を続けるタモツに寄り添い応援するため、自身も勉強をして司法試験に挑むことに。そして見事合格したのは……サチだった──。弁護士になったサチと、子育てと家事をしながら勉強し続けるタモツ。あの時のふたりは変わってないはずなのに。なんでだろう、段々と変わっていくのは──。(公開中)

(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
出演:岸井ゆきの 宮沢氷魚 藤原さくら 三浦獠太 田村健太郎 前原 滉 山本浩司 八木亜希子 中島 歩 佐々木希 田島令子 ベンガル
監督:天野千尋
脚本:熊谷まどか 天野千尋
配給:ポニーキャニオン
製作プロダクション:ダブ
映画公式HP
ジャケット[参考商品]、ドレスシャツ¥128,700、パンツ¥174,900、シューズ[参考商品]、カマーバンド[参考商品]、カフリンクス[参考商品](ラルフ ローレン パープル レーベル/ラルフ ローレン☎︎0120-3274-20

宮沢氷魚
1994年4月24日生まれ、アメリカ・カリフォルニア州出身。2017年にテレビドラマ『コウノドリ』(TBS)で俳優デビュー。初主演映画『his』(2020年)では数々の新人賞を受賞、映画『騙し絵の牙』(2021年)にて第45回日本アカデミー賞新人俳優賞、映画『エゴイスト』(2023年)にて第16回アジア・フィルム・アワードで最優秀助演男優賞を受賞。また連続テレビ小説「ちむどんどん」(2022年/NHK)の出演でも話題を呼ぶ。その他の主な出演作品には、映画『ムーンライト・シャドウ』(2021年)、『レジェンド&バタフライ』(2023年)、『52ヘルツのクジラたち』(2024年)、ドラマは大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(2025年/NHK)、「しあわせは食べて寝て待て」(2025年/NHK)がある。



