ティークリエイター/ローカルスタートアップ経営者・辻 せりかさんインタビュー

《Profile》つじ・せりか/1991年、静岡県生まれ。大学卒業後、2013年にJTBに入社し、企業・学校団体向けの法人営業や国内外の添乗業務に携わる。2018年からはロッテJTB(ソウル本社)で、日系企業の海外渡航支援や訪日旅行の企画・営業を担当。静岡県の観光地域づくり法人(DMO)への出向を経て、2021年にAOBEATを創業。日本茶ブランド『aardvark TEA(アードバークティー)』の企画・運営を軸に、ECやティースタンドを通じて、地域と暮らしに根ざしたプロジェクトを展開している。静岡県内の絶景茶畑でのテラス時間貸しサービス『茶の間』は、年間6,000人以上が利用。2025年7月には、東京・本郷に『aardvark TEA 東大赤門前』をオープン。
人生を変えたのは、一杯のお茶
人の記憶に残る仕事がしたい―― そんな思いで新卒入社した旅行会社では、法人向けにツアーの企画や営業、添乗業務まで担当していました。ときには早朝便で海外ツアーに同行し、帰国後すぐ別の案件のフォローへ。国内外を飛び回る、忙しくも刺激的な日々でした。
扱うツアーは、社員旅行や取引先を海外に招く視察、修学旅行、企業の周年イベントなど多岐にわたります。旅だけでなく、人が動く場面を支える仕事で、当時の配属先は最もハードとされていた支店。営業部はまだ女性が少なく、当初は戸惑いや緊張もありましたが、他支店の同期や先輩にも支えられながら、乗り越えていきました。
5年目には韓国・ソウルへの赴任が決まり、そこでは日系法人への営業や韓国内のツアー添乗、インバウンド業務を経験。帰国後は、そのまま出向というかたちで観光地域づくり法人(DMO)に配属されました。それまでの〝人を外へ連れていく〟立場から、観光のコンテンツをつくって〝地域に人を呼び込む〟側へ。生まれ育った静岡に対して「早く出たい」「いいところがない」と思い込んでいた自分が、外の世界を知ったことで、改めて地元の魅力が見えるようになっていきました。
DMOで地域資源を探る中で再発見したのが、お茶です。静岡は日本有数の茶どころですが、それまでの私は特に興味がなく、「水分補給のひとつ」くらいにしか思っていませんでした。実家でも外食時でも給食でも緑茶は出てくる。あまりに日常すぎて、ありがたみを感じたことがなかったんです。

あるとき、絶景の茶畑テラスを貸切にできる『茶の間』という体験型サービスのお手伝いで、農家さんが畑で淹れてくださった煎茶をいただく機会がありました。口にした瞬間、衝撃が走ったんです。ペットボトルでは味わえない、畑で育った茶葉の力強さと旨み。湯気と共に立ち上る香り、一口ごとに呼吸が深まり、心がほどけていくような余韻。思えば多忙な毎日で、ちゃんと息をする時間を忘れていたのかもしれませんが、その一杯を機に、自分で急須を買って生活にお茶を取り入れ、農家さんの話を聞いて回るようになりました。
調べるほどに見えてきたのは、日本茶の厳しい現実。消費量の減少、価格の低下、後継者不足による廃業……。「これだけ美味しいのに、なぜ報われないのか」という疑問が、いつしか「なんとかしなきゃ」と使命感に変わっていきました。特に静岡は、急な斜面に小さな畑が点在し、大規模化や効率化が難しい土地柄。でもその分、一軒一軒の茶葉に個性があり、同じ煎茶でも、味も香りも驚くほど違う。その多様性こそが静岡のお茶の面白さであり、誇るべき価値だと気づいたんです。
茶農家さんと一緒に畑での体験企画運営に携わる中で、お茶の奥深さにどんどんひかれていきました。やがてDMOでのプロジェクトがひと区切りを迎えるタイミングで、「このまま終わってしまうのはもったいない」と感じていた私たちは、関わっていたメンバーと話し合いを重ね、『茶の間』の取り組みを引き継ぎ、茶葉の販売にも力を入れようと、思いきって退職。2021年に、AOBEATを立ち上げました。
「本気でやる気はあるのか」と問われた創業2年目。汗だくで雑草を抜きながら考えた農家さんの想いに応える仕事
とはいえ、すべてが順調だったわけではありません。創業2年目には、自分たちの甘さを痛感する出来事がありました。お世話になっている農家さんに茶畑へ連れて行かれ、「本気でお茶が好きなの? やる気はあるの? 雑草でも抜いて頭を冷やしておいで」と、会社のメンバー全員がスーツ姿のまま畑に置き去りにされたんです。きっかけは、情報共有や段取りの行き違い。振り返ると、農家さんが大切にしていることに応える姿勢が、私たちには足りなかったのだと思います。
持参した作業着に着替え、汗を流しながらひたすら草を抜くうちに、何を見落としていたのか、何を伝えるべきかが胸に迫ってきました。今では農家さんも「笑い話にしてね」と言ってくださいますが、あの日の光景は忘れられないし、忘れてはいけない。「𠮟られた」のではなく、「本気でやるならちゃんと向き合いなさい」と、未熟な私たちに愛ある活を入れていただいたのだと感謝しています。農家さんがつくってくださるお茶がなければ、私たちは何も届けられません。ただ仕入れるだけではない信頼関係を築くことの大切さは、今もスタッフに伝え続けています。

クラフトティーブランド事業の『aardvark TEA』を運営する中で、いちばん難しさを感じるのはお茶のブレンドです。始めた当初は、どこから手をつけていいかもわかりませんでしたが、レシピを監修する師匠に言われた「まずはなんでも口にしなさい」という言葉を頼りに、ひとつひとつの素材を試していきました。煎茶に限らず、紅茶、ハーブ、果物、スパイス―― 香りや舌に残る風味を何度も確かめながら、少しずつ味覚を鍛えて引き出しを増やしていきました。
組み合わせは無限ですが、心がけているのは、お茶の味わいを大切にすること。そのうえで、季節や気分、飲む時間帯を思い浮かべながら、お客様の生活にそっと寄り添えるような組み合わせを考えています。おかげさまでサブスクリプションの会員数は1万人を超えました。新規登録数や継続率の変化にはいつもドキドキしますし、アイディアが浮かばないときには焦りもあります。でも、農家さんが手をかけたお茶と自分の感性、お客様が求めているものが重なって「今ちょうどこれが飲みたかった」と感じてもらえるような一杯を届けられたら、それが何よりうれしいです。
実店舗1号店は創業の地・静岡市に2022年にオープンし、お客様だけのオリジナルブレンドティーをつくる体験も行っています。2025年には東京・本郷に2店舗目を構えました。静岡とは異なるニーズや飲み方を知ることができ、新たな発見の連続です。リアルな声を聞ける場があることは、商品づくりにも生きますね。
旅の仕事をしていたころは、人生で数少ない体験を届けることにやりがいを感じていました。それもかけがえのない糧になっていますが、今は、日常にあるお茶の時間で、多くの人に何度でも幸せを生み出せることが原動力になっています。畑で出合ったあの一杯が私の人生を変えたように、お茶には心を動かす力がある。リアルな体験を通じて、暮らしの中に〝お気に入りの一杯〟が増えていく―― そんな風景を全国に広げたくて、10店舗という目標を掲げました。お茶がもたらすひと息の感動を、これからも丁寧に育てていきたいです。
毎月、旬たっぷりのお茶が届くサブスクサービス aardvark TEA『お茶の定期便』

辻さんが旬の素材と茶葉をあわせてつくる「オリジナルブレンド」。毎月のお茶との出合いが楽しい定期便は、継続率93%と人気のサービス。季節の香りと味わいは飲み終えた後も余韻がふわりと続いて、いつもの水分補給が贅沢なリラックスタイムに。初月は温冷対応のダブルウォール急須ボトル付き。四季の移ろいを、お茶と共に味わえる。詳細は公式HPで確認を!
2025年Oggi10月号「The Turning Point~私が『決断』したとき~」より
撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
Oggi編集部
「Oggi」は1992年(平成4年)8月、「グローバルキャリアのライフスタイル・ファッション誌」として小学館より創刊。現在は、ファッション・美容からビジネス&ライフスタイルテーマまで、ワーキングウーマンの役に立つあらゆるトピックを扱う。ファッションのテイストはシンプルなアイテムをベースにした、仕事の場にふさわしい知性と品格のあるスタイルが提案が得意。WEBメディアでも、アラサー世代のキャリアアップや仕事での自己実現、おしゃれ、美容、知識、健康、結婚と幅広いテーマを取材し、「今日(=Oggi)」をよりおしゃれに美しく輝くための、リアルで質の高いコンテンツを発信中。
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