キャリアコンサルタント/経営コンサルタント・田所ゆかりさん

新卒で入社したのは日産自動車でした。最初の配属は、電気自動車のバッテリー開発部門。2年目からは、使用済みEVバッテリーを再生可能エネルギーをはじめとした蓄電に活用する、日産と住友商事によるジョイントベンチャーの立ち上げに構想段階から携わることに。背景には、大学院時代にフランスへ留学し、都市計画や交通工学を学んだ経験があります。インターン先のルノーは日産の提携先で、EVの性能設計にも関わらせていただきました。「自動車を軸に、まちづくりに関わるような仕事がしたい」と入社時に話していた思いを、上司が覚えてくれていて。ものづくりの枠を超えて、環境や社会の課題にどう応えていくかという視点は、今でも自分にとってキャリアの原点になっています。
3年ほどでプロジェクトがひと区切りつき、妊活を始めたのは28歳のころでした。26歳で結婚をして、「ひとり目は20代後半、ふたり目は30代前半で出産して、その後は海外赴任にも挑戦したい」―そんなキャリアプランを描いていたんです。けれど、現実は思うようには進みませんでした。当時の私は、生理も安定しており、「不妊」は高齢出産や持病のある人に関係するものだと思い込んでいて。むしろ、その言葉を突きつけられるのが怖くて、受診をためらっているうちに、気づけば2年半が過ぎていました。ただ、いざ検査を受けても私にも夫にもこれといった原因は見つからず、それでも妊娠には至らない。30歳前後の数年間は、何が正解なのかわからないまま、迷いの中で過ごしていましたね。
人工授精に進んだ後、5回ほどの治療でひとり目を授かったのは31歳のときでした。30代半ばでふたり目を望んで不妊治療を再開したものの結果は出ず、心身に負担が積み重なっていきました。同時に、仕事で挑戦したくても「環境を変えて、通院と両立できるだろうか」と不安がよぎり、自分から手を挙げることをためらう場面が増えていったんです。

妊活とキャリアは二者択一ではない。あきらめない社会をつくる、その一歩を自分の選択から
そんな停滞感を抱いて模索していたときに出合ったのが、「キャリアコンサルタント」の資格でした。養成機関で勉強を始めてみると、自分のモヤモヤが整理されていく感覚があって。「私が本当にやりたいのは、0から1を生み出すことなんだ」「組織に属するより、起業が向いているかもしれない」といった思いが、自然と輪郭を帯びていったんです。とはいえ、当時は開発職としての経験しかなかったため、まずはコンサルティングファームへの転職を決意。新規事業支援の現場で、スキルを磨こうと考えました。製造業に11年いた私にとっては未知の世界でしたが、担当したのは主に自動車セクター。実際に飛び込んでみると事業会社出身の仲間も多く、EVバッテリーの開発や戦略部門で培った知見も、想像以上に武器になると実感できました。
入社後は、ビジネスフレームワークや仮説思考といった基礎を徹底的に叩き込まれ、「パワポ1枚にも配置や色の〝型〟がある」という合理的な仕組みを体感。迷わず進めるためのルールが整備され、どのメンバーが関わっても一定の品質で説得力ある提案を届ける。そんな再現性を重視する考え方は、事業会社での経験があるからこそ、実務にどう活かすかをリアルに考えることができ、大きな学びとなりました。
一方で転職後に体外受精へステップアップし、通院負担も増える中、取り組んでいました。職場にも報告し、会社の両立支援制度を適切に利用できたことで、安心して働き続けられたのは心強かったですね。4年ほど治療を続け、流産も数回経験し「もう十分やり切った」と思えたところで終了しました。
独立したのは40歳目前。起業にあたって選んだのは、自分自身がかつて直面した「キャリアの形成支援」というテーマでした。まずはキャリアコンサルタントとして、企業のデジタル人材の育成からスタート。事業開発や経営コンサルティングの一環で、再生可能エネルギー領域での定置型蓄電池活用のサポートなども行っています。
個人からのご相談では、30代女性を中心に「妊活との両立」や「治療中の転職」といったテーマが増えています。30歳前後はちょうどキャリアの方向性を見直し始める時期でありながら、周囲からはメンター的な立場で見られ、自分のことを話す機会が減っていく。だからこそ、これまでの歩みを振り返り、自己理解を深める時間が大切だと感じています。やりたいことを言葉にし、目標を立てて一緒に進んでいく―そんな伴走を心がけています。
だれかの正解を目指すより、自分が幸せに働くための〝錨いかり〟を知る
私自身が影響を受けたのは、アメリカの組織心理学者エドガー・シャインが提唱した「キャリア・アンカー(錨)」という考え方でした。何を最も大切にしているのか、その人の拠り所となる価値観や欲求、動機を8タイプに分類し、自分の〝錨〟を知ることで、迷いや揺れに流されずに進路を選べるようになる。たとえば、専門性を極めたい人もいれば、家庭との両立や社会貢献を重視する人もいる。いわゆる勝ち組と呼ばれる道へ進んだとしても、自分らしさや充実感がなければ、長く続けるのは難しい。自分の価値観を満たすことこそが、幸せに働いていく鍵になるのだと思います。

相談を重ねて感じるのは、「妊活とキャリアはどちらかをあきらめなければならない」と考える人がとても多いこと。まずはそれぞれを切り離して整理できる支援が必要です。社会制度の整備が進む一方で、「実際には使いづらい」「職場に遠慮してしまう」といった空気は根強い。さらに、「自分だけが悩んでいるのでは」と思い込み、孤立してしまう方も少なくありません。そんな孤独感を和らげたいと執筆したのが『不妊治療でキャリア迷子』です。出版後、「まさに自分のことだと感じた」という女性の声だけでなく、「当事者の葛藤や環境の不備に気づくことができた」といった職場の方やご家族からの感想も届きました。
日本では約4・4組に1組の夫婦が不妊治療を経験し、働く女性の7人にひとりが治療に向き合っているとも言われています。2022年の保険適用以降はさらに増えている印象ですが、まだ声を上げづらいの個人からのご相談では、30代女性を中心に「妊活との両立」や「治療中の転職」といったテーマが増えています。30歳前後はちょうどキャリアの方向性を見直し始める時期でありながら、周囲からはメンター的な立場で見られ、自分のことを話す機会が減っていく。だからこそ、これまでの歩みを振り返り、自己理解を深める時間が大切だと感じています。やりたいことを言葉にし、目標を立てて一緒に進んでいく―そんな伴走を心がけています。が現状です。これは決して一部の人だけの問題ではなく、だれもが人生のどこかで関わる可能性のある社会課題です。今後は個人のキャリア形成支援にとどまらず、管理職向けの研修や、妊活と仕事の両立を後押しする制度設計など、企業支援にも力を注いでいきたいと考えています。「妊活中でもキャリアをあきらめない」という選択肢が、もっと当たり前に選べる社会へ。これからも、その実現に向けて歩んでいきたいです。
だれにも言えない悩みに寄り添うガイドブック『不妊治療でキャリア迷子』

妊活と仕事のはざまで迷う女性・サキ子と、キャリアコンサルタント・佐々木の対話を通して、自分らしい働き方や人生の選び方を見つけていく物語。治療に伴う不安や孤独など、多くの当事者が直面する課題を丁寧にすくい上げる。働きながら治療に向き合う人だけでなく、職場や家庭で支える立場になった人にも多くの気づきを与えてくれる一冊。¥1,650/Amazon
2025年Oggi9月号「The Turning Point~私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
Oggi編集部
「Oggi」は1992年(平成4年)8月、「グローバルキャリアのライフスタイル・ファッション誌」として小学館より創刊。現在は、ファッション・美容からビジネス&ライフスタイルテーマまで、ワーキングウーマンの役に立つあらゆるトピックを扱う。ファッションのテイストはシンプルなアイテムをベースにした、仕事の場にふさわしい知性と品格のあるスタイルが提案が得意。WEBメディアでも、アラサー世代のキャリアアップや仕事での自己実現、おしゃれ、美容、知識、健康、結婚と幅広いテーマを取材し、「今日(=Oggi)」をよりおしゃれに美しく輝くための、リアルで質の高いコンテンツを発信中。
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