「燐寸」という漢字を見て、すぐに読める人は多くないかもしれません。ヒントになるのは、「かつて生活に欠かせないほど身近だったある道具の名前」です。
この記事では、「燐寸」の読み方や意味、そして漢字表記としてどう定着し、今はどう使われているのかを紹介します。読み方を知らなかった方も、きっと記憶に残る言葉になると思いますよ。
意外と読めない「燐寸」の正体とは?
「燐寸」とは何のことでしょうか? まずは、漢字の読み方から確認していきましょう。
「燐寸」の読み方は「マッチ」
「燐寸」は、「マッチ」と読みます。漢字を観察すると、「燐」の部首には火偏が使われていますね。
音読みで「りんすん」と読んでしまいそうですが、これは誤読です。辞書や新聞記事では、ふりがながつくことも多い漢字です。

「燐寸」の意味を確認
かつては生活の必需品だった道具、「燐寸」について、辞書の記述を確かめましょう。
マッチ【match】
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
軸木につけた頭薬を摩擦によって発火させる道具。塩素酸カリウム・ガラス粉・硫黄などからなる頭薬を、マッチ箱の側面に塗布した赤燐(せきりん)・硫化アンチモンなどからなる側薬にこすりつける安全マッチが普通。赤燐か黄燐(おうりん)を頭薬とし、壁・靴などにこすりつけるだけで発火するものもあるが、現在は製造禁止。
[補説]「燐寸」とも書く。
「燐寸」とは、軸木の先に発火剤をつけ、摩擦によって火を起こす道具を指します。
なぜ「燐」と「寸」でマッチ? 字の成り立ちを解説
「燐」と「寸」、この漢字の組み合わせにも意味があります。
「燐」とは、発火する元素のことで、赤燐や黄燐などが存在します。「寸」は、長さの単位です。「少し」、「わずか」という意味もあります。手のひらに収まるような小さな棒を連想させますね。
つまり、「燐寸」とは、「燐のついた小さな棒」という意味です。
知っておきたい「燐寸」という言葉の変遷
「燐寸」という表記は、どのようにして生まれたのでしょうか? ここでは、漢字表記の歴史と、カタカナの「マッチ」との使い分けについて見ていきます。

「燐寸」は「マッチ」の当て字
「マッチ」とは、もともと西洋から伝わった道具で、当初は「早付木(はやつけぎ)」「摺付木(すりつけぎ)」などと訳されていたそうです。
明治20年代に「燐寸」が訳として現われ、これを「マッチ」と読む慣用が定着しました。
参考:『日本国語大辞典』(小学館)
「燐寸」と「マッチ」の使い分け
現在は「マッチ」というカタカナ表記を主に使いますよね。
「燐寸」はやや文語的な響きを持つ表現で、文学作品や歴史的資料の中で見かけることが多いでしょう。そのほかには、例えば昭和期以前の文章や古い商品ラベルなどで見ることがあります。
「燐寸」という言葉と現在の暮らし
「燐寸」は道具としてだけでなく、火の取り扱いにまつわる文化の変遷を映す言葉でもあります。ここでは暮らしの中の「燐寸」について、もう少し掘り下げてみましょう。

赤燐・黄燐って何? 火のつき方の違い
かつてのマッチには、黄燐(おうりん)という物質を使っていました(黄燐燐寸)。驚くことに、空気中でも自然にする危険性があり、毒性も高かったため、現在は黄燐の製造が禁止されています。
その後、安全性を高めるために開発されたのが「安全マッチ」です。こちらは赤燐(せきりん)が側薬に使われ、マッチ箱の特定の面にこすらないと火がつかないようになっています。現在の一般的なマッチは、こちらのタイプです。
以前のマッチは、壁や靴など、どこにでもこすれば簡単に火がついてしまうものでした。手軽ではありましたが、不意の発火による事故も少なくなかったようです。一方、現代の安全マッチは、誤って着火しにくい作りになっているので、家庭でも安心して使えますね。
参考:『日本国語大辞典』(小学館)
火を起こす道具を表す他の言葉
「燐寸」という漢字は、今ではあまり目にしなくなりましたよね。それもそのはず、火を起こす道具自体が、時代とともに大きく姿を変えてきたからです。
かつて火を得るためには、火打石を打ち合わせて火花を起こし、火種にうつすという手間のかかる方法が一般的でした。そうした暮らしの中に登場したのが「燐寸」です。摩擦だけで火がつくとは、当時としては画期的な発明でした。
さらに時代が進むと、ライターや電子式の点火器具が登場し、より手軽で安全に火が扱えるようになりました。その便利さに押されるように、「燐寸」という言葉は、次第に生活の中から姿を消していったのです。
それでも近年では、防災用具やアウトドア用品として、あえてマッチを選ぶ人もいます。どこか懐かしさを感じさせる「燐寸」は、現代でも存在感を失ってはいません。
「燐寸」という言葉をたどってみると、単なる道具の名称にとどまらず、火を扱う暮らしの中にある人々の知恵や、工夫を映し出す存在でもあることがわかります。
最後に
「燐寸」は読みにくい漢字ですが、かつては身近な道具を表す言葉でした。今ではほとんど見かけなくなった表記ですが、その変化の中には、移りゆく生活文化の姿が映し出されています。漢字と読み方の背景をたどることで、火との関わりに対する理解も深まります。暮らしの中に残る言葉として、覚えておきたいですね。
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