耳恋♡ 推しの声が聞きたくて Vol.29|小野大輔さん
30歳のころに訪れたターニングポイント
人にはだれしも、人生の転機となる出会いがある。その転機と真摯に向き合い、17年もの歳月をともに歩み続けている―その人は、声優・小野大輔。『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの空条承太郎役や『おそ松さん』の松野十四松役など、人気声優として確かな実績を重ねてきた彼が「僕のターニングポイントだったと思います」と語るのは、アニメ『黒執事』シリーズ、そして同シリーズで演じるセバスチャン・ミカエリス役との出会いだ。

小野大輔
おの・だいすけ/1978年5月4日、高知県生まれ。2002年ごろから、声優活動をスタート。主な出演作に『涼宮ハルヒの憂鬱』古泉一樹役、『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの空条承太郎役、『おそ松さん』松野十四松役など。
19世紀の英国を舞台に、〝女王の番犬〟として裏社会の汚れ仕事を請け負う名門貴族ファントムハイヴ家の執事セバスチャンと、13歳の主人シエル・ファントムハイヴの姿を描く同作は、原作漫画のシリーズ累計発行部数が全世界で3,600万部を超えるなど、長きにわたり多くの人を魅了し続けている。アニメ新シリーズ『黒執事 -緑の魔女編-』がスタートする今、小野さんに改めてその転機を振り返ってもらった。
「これからどんな人生を歩んでいくか、どんなキャリアを積んでいくか―役者としての自分の在り方を模索して、必死で足搔いているような時期でした。そんなときにセバスチャン役をいただくことができたのは、本当に幸運だったと思います」
そう語る17年前の転機は、当時30歳の小野さんにとって大きな壁でもあった。主人のいかなる命令も完璧に遂行する執事・セバスチャン。その正体は、人間には不可能なことも冷徹にこなしていく〝悪魔〟―そんなキャラクターの演技は、悩みと葛藤に満ちていた。

「ずっと低い声で淡々と演じ続けなくてはいけない。声がほんの少しでも高くなると、リテイクになってしまうんです」執事として忠実に仕事を果たすセバスチャンを象徴する『Yes, My Lord』という決め台詞にも、苦い記憶があるという。「初回のアフレコは、23分の内容を5時間以上かけて録っていました。それでも終わらず、僕は居残り。30テイク、40テイク… どれだけやっても『Yes, My Lord』の一言にオッケーがもらえない。表現をするなということなんだろうか… と、これまでの自分がやってきたことを否定されているような感覚にさえ陥りました」
芝居に対する葛藤を抱えながら、小野さんはもうひとつ異なる壁にぶつかった。「セバスチャンは『黒執事』という作品の看板。座長としてしっかり立っていなければならない、この現場を引っ張っていかなければいけない―そんな思いが強くありました。だけど、僕はあまり社交的な性格ではないですし、どちらかといえば引っ込み思案。座長としてどうあればいいのか、本当に迷っていました」
悩みと葛藤の末に見出した引き算の美学
だが、壁を乗り越えなければ、訪れたはずの転機は転機にならず終わってしまう。悩みながら、葛藤しながら、小野さんはどのようにキャリアのターニングポイントを乗り越えていったのだろうか。
「僕ひとりでどうにかしてやろうなんて、おこがましいなって気がついたんです。作品はひとりでつくるものではなく、スタッフやキャストみんながそれぞれの力を持ち寄って、総合力で表現していくものなんだ… と。アニメーションは特にそうですよね。絵を描く人、音をつくる人、音をつける人… いろいろな方が関わってはじめて完成する、総合芸術なんです」
自分だけの力では、何もできない―そんな気づきとともに、声優として芝居をする上でもひとつの美学にたどりついたと教えてくれた。「引き算の美学を見つけたんです。僕が表現を引き算することで、まわりの役者さんたちが彩りを足してくれる、感情を加えてくれる。お芝居は決してひとりではできないですから。キャスト、そしてスタッフのみなさんと一緒にものづくりをしていく楽しさを、セバスチャン、そして『黒執事』に教えてもらいました」

引き算の美学を携え、確かなキャリアを重ねながら歩んできた17年。4月からスタートするアニメ『黒執事 -緑の魔女編-』についても「作品の中でいちばん好きなシリーズなんです。アニメ化が決まったときは、いちファンとしての喜びが何よりも大きかったですね」と目を細めながら作品愛を語る。『黒執事』の真骨頂ともいえる、ダークな世界観が広がる同シリーズ。シリアスな展開だからこそ表れてくるキャラクターたちの感情の動きは、大きな見どころのひとつだ。常に執事然としていて感情を表に出すことがないセバスチャンも、シリーズが進むにつれて少しずつ変化を見せてきている。
「悪魔である彼も、だんだんと人間の熱に気づかされて、人の感情というものが乗り移ってきたんです。17年前に演じた感情表現をまったくしないセバスチャンから、ほんの少しだけ体温があるセバスチャンになってきた。だから僕も、過去のやり方をなぞることに終始するのではなく、変化し続けていかなくてはいけないですよね」
だが、転機の中で見つけ出した真理が揺らぐことはない。「彼の感情が動くのは、主人であるシエルの感情が動くとき。シエルを演じる(坂本)真綾ちゃんの芝居がぶつけてくる従来以上の熱量が、セバスチャンにも加わっていく。どこまでいっても、僕はまわりのみなさんに〝もらって〟いるんです」
あくまでも、ひとりの演者として―貫くのは引き算の美学。その仕事論を磨きあげていくことで、声優・小野大輔はこれからも進化を続けていく。

小野さんが考える〝完璧〟とは?
たとえばアニメ『黒執事』のアフレコスケジュール。シエルを演じる(坂本)真綾ちゃんとセバスチャンを演じる僕が必ず一緒に収録できるように時間を調整してくださっているんです。
スケジュールを調整してくださったスタッフさん、そして隣でシエルを演じている真綾ちゃん―その存在がどれほど大事なものか。「もしふたりで録ることができなかったら、僕はセバスチャンになれなかったんじゃないか…」そんなふうに感じてしまうほど、スタッフさんが尽力してくださったひとつひとつのスケジューリングが演技や作品のクオリティに計り知れないほどの影響を与えています。
仕事は常に完璧を求められますし、僕自身も常に完璧を求め続けています。だけど、その完璧をつくりあげるには、必ず自分以外のだれかのパフォーマンスが必要です。そう感じずにはいられません。
アニメ『黒執事 -緑の魔女編-』 TOKYO MXほか23:30〜各局にて放送中!

ドイツで起こっている不可解な死亡事件を調査せよ―女王の命を受け、「人狼(ヴェアヴォルフ)の森」を探るセバスチャンとシエル。そこでふたりが見舞われた〝おぞましい呪い〟の正体とは…。大人気漫画『黒執事』のアニメ化7作目となる新シリーズがついにスタート!
2025年Oggi5月号「耳恋♡ 推しの声が聞きたくて Vol.29」より
撮影/中川達也 スタイリスト/SUGI(FINEST) ヘア&メイク/木村ゆかこ(addmix B.G) 構成/旧井菜月
再構成/Oggi.jp
Oggi編集部
「Oggi」は1992年(平成4年)8月、「グローバルキャリアのライフスタイル・ファッション誌」として小学館より創刊。現在は、ファッション・美容からビジネス&ライフスタイルテーマまで、ワーキングウーマンの役に立つあらゆるトピックを扱う。ファッションのテイストはシンプルなアイテムをベースにした、仕事の場にふさわしい知性と品格のあるスタイルが提案が得意。WEBメディアでも、アラサー世代のキャリアアップや仕事での自己実現、おしゃれ、美容、知識、健康、結婚と幅広いテーマを取材し、「今日(=Oggi)」をよりおしゃれに美しく輝くための、リアルで質の高いコンテンツを発信中。
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