書評家の石井千湖がすすめる、先人をお手本にしたい一冊
過去に起きた出来事を当時の人間関係まで深掘りしていくと、さらに面白くなる。例えば明治時代の人間模様はどうだったのか。今と通じるものを探してみると興味深いものがたくさん見つかるはず。
今回書評家の石井千湖さんがおすすめするのは、近代日本の女性教育にまつわる小説。
時代の先駆者・河井 道から学ぶ幸せな生き方
『らんたん』
女の人がやりたいことをやって、恋愛や結婚をしなくても、友達に恵まれて夢を叶える――なんて幸福で素敵な話なのだろう。しかも主人公のモデルは、実在する学校の創立者。柚木麻子の『らんたん』は、明治から昭和の日本を舞台にしたシスターフッド小説だ。『武士道』の著者・新渡戸稲造、日本における女子教育の先駆者・津田梅子、白樺派の作家・有島武郎、『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子など、有名人も数多く登場する。
物語は大正最後の年、51歳の会社員・一色乕児(いっしきとらじ)が38歳の教師・渡辺ゆりにプロポーズする場面で始まる。ゆりは乕児に前代未聞の条件を突きつける。それは結婚後も恩師であり、親友でもある河井 道との同居を認めることだった。ゆりと道はどのようにして出会い、いいことも悪いこともシェアする関係になったのか。ふたりの過去が語られていく。
道は教育者であるだけではなく、敬虔(けいけん)なキリスト教徒で生涯独身だった。そのプロフィールだけを見ると、堅苦しく禁欲的な人を想像するかもしれない。本書を読むと全然違う。たとえば、少女時代の道が「神と共に生きよう」と決めたのは、みんなと楽しさをわけ合うクリスマスパーティを一生続けたくなったからだ。教師になってもトレンドの服を着こなし、全校生徒の憧れの的になる。ゆりはコンプレックスの原因だった巻き毛を、道に「まあ、なんて可愛らしい御髪なんでしょう!」と褒められ、「神様のもとでは、女も男もみんな平等」と教えられて世界の見方が変わる。道はわけ隔てない思いやりと率直な言動によって、周りを明るく照らす光をもつ人なのだ。
道とゆりはさまざまな困難を乗り越え理想の学校をつくる。ふたりがつくった学校は、多様性を認める考え方と助け合い精神が浸透し、おいしそうなおやつがたびたび出てくる。こんな学校に通ってみたかったと思わずにはいられない。
ゆりと道だけではなく、津田梅子と大山捨松、村岡花子と柳原白蓮など、お互いを愛しているのに引き裂かれてしまった女たちの絆が描かれているところもいい。大切な友達と共有したくなる一冊だ。
『らんたん』(小学館)
著/柚木麻子
2008年にオール讀物新人賞を受賞し、『BUTTER』(新潮社)で知られる著者が、彼女の母校である恵泉女学園中学・高等学校の創立者・河井 道をモデルにした小説。津田梅子のもとで学び、型破りな人生を歩んできた道。日本女性の教育や地位向上に尽力した彼女の人生に、励まされる。
2022年Oggi1月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
撮影/新垣隆太(パイルドライバー) 構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。