SNSが流行する今だからこそ読みたい一冊
今回書評家の石井千湖さんがおすすめするのは、“ムーミン”作者の傑作選。特に石井さんの印象に残っている物語は「メッセージ」がテーマの話だといいます。
メールやSNSでメッセージのやり取りをすることが一般的となった今だからこそ味わい深い一冊です。
トーベ・ヤンソンと身近な人々との交流が温かい
『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』
『メッセージ』は、ムーミンの作者として知られるトーベ・ヤンソンが、大人向けに書いた小説を集めた本だ。ムーミンの童話はハッピーエンドだが、本書に収録されている31編は皮肉が効いていて、ちょっと恐ろしい結末もあって、トーベ・ヤンソンが風刺画家でもあったことを思い出す。芸術や旅行の話もいいが、心に残るのはタイトルにもなっている「メッセージ」をテーマにした話だ。
たとえば「一九四一年 金曜日」という言葉で始まる「コニコヴァへの手紙」。トーベの実体験をもとにしているらしい。アメリカへ旅立ってしまった親友宛ての手紙という形で書かれている。
「ねぇ、自由を感じているんでしょう?」「じゃなきゃ、許さないから。」という呼びかけに、離ればなれになったさみしさと、無事を祈るような気持ちがあらわれている。トーベの親友は、当時迫害を受けていたユダヤ人だったという。「手紙」と言いながら、実際に出された形跡はないところが切ない。
もう一編、印象的だったのが、日本の愛読者からの手紙という体裁の「文通」。1通目では13歳だった差出人「タミコ・アツミ」が年を重ねる途中で、名前が「タミコ」のみになったのは、おそらく結婚したのだろう。「独りになれるってどんなふうなんだろうか」と考えていた少女は、本当の孤独を知り、大好きな作家に会いたいと願うが……。タミコが最後に送ってきた詩が悲しくも美しい。
表題作は、電話の留守番メッセージの話だ。個人情報は保護しなければならないという考え方がまだ浸透していない時代。トーベは世界的な人気作家だったから、迷惑電話もたくさんかかってきたのだろう。断片的な言葉からトーベとメッセージを録音した人の関係を想像するのが楽しい一編だ。
いずれもすぐ届かないからこその味わいがある。大切なだれかに、送る予定のない手紙を書きたくなる。
『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(フィルムアート社)
著/トーベ・ヤンソン、訳/久山葉子
児童文学作家、画家、イラストレーター、漫画家などの多方面で活躍してきたトーベ・ヤンソン。本作は「小説家」としての一面もあわせもつ著者が、生涯最後に刊行した遺作でもある。1971年から1991年の間に発表された作品の傑作選に加え、書き下ろし8編を収録。
2021年Oggi7月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。