人間の生活の中心にある「感情」の正体
私たちは日々の生活の中で、嬉しくなったり怒ったり、悲しくなったりと、さまざまな「感情」を感じながら過ごしています。誰もが持っているこの「感情」とは、いったい何なのでしょうか?
今回書評家の石井千湖さんがおすすめするのは、そんな「感情」にまつわる疑問に答える一冊。
まったくの哲学初心者でもわかりやすい、哲学の入門書です。
体系的に感情をとらえると見えてくるものが!
『感情の哲学入門講義』
「感情」は人間が生活を送る上で中心にあるものだ。自分がどんな行動をとるか決めるときに重要だし、他人とうまくつきあうためにも気にかけなければならない。生きるのに必要不可欠だけれど、振り回されてつらいこともある。なぜなのだろう? 源河 亨の『感情の哲学入門講義』は、それを考える手がかりを与えてくれる本だ。大学で行われた全15回の講義をまとめている。
まず本書がすばらしいのは「感情」だけではなく「哲学」の概要もつかめる内容になっているところだ。源河さんによれば哲学とは「漠然とした問題を議論のかたちにして細かく切り分ける作業」。考えや主張に説得力があるのか、正しいと言えるのか「吟味」することが大切なのだそうだ。哲学は「人間とは何か?」「人生の意味とは何か?」「何が正義なのか?」といった大きな問題に挑むので、答えが出ないと思われがちだが「問題をより細かく切り分けていけば、それに応じた答えが見つかるはずです」という。私たちの身近な悩みを解決するときにも役立ちそうな思考法が、非常にわかりやすく説明されているのだ。
そして「感情の本質」とは何かを論じ、「感情と身体」の関係を検討し、「感情と思考」の違いを明らかにして、どんな感情があるのかを分類していく。問題の切り分け方が丁寧で、読者を混乱させない。こんな授業を学生時代に受けていたら、哲学にもっと興味をもつことができただろうなと思う。
いちばん感銘を受けたのは「第10講 感情と理性は対立するか」の「感情は私たちの足を引っ張る悪者ではないのです」というくだりだ。女性は特に負の感情を表に出すと否定的なレッテルを貼られることがある。だから怒りや悲しみ、恐怖を感じても、心の奥に押し込めている人が多いのではないだろうか。どんな感情にもちゃんと役割があるということを知ると、鬱屈を溜めないですむはず。
『感情の哲学入門講義』(慶應義塾大学出版会)
著/源河 亨
感情をテーマにした哲学入門書でありつつ、心理学や脳神経科学、文化人類学、進化生物学といった分野の感情研究も紹介。大学講師を務める著者が、新型コロナウイルスの影響で大学が閉鎖されたことによるリモート講義の資料を基に、学生がひとりで読んでも理解できるようにつくられた初心者向けの入門書。
2021年Oggi6月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。