女性が感じる「生きづらさ」の証左
女性が日々の生活の中で感じる負担や不安には、理由があります。
今回書評家の石井千湖さんがおすすめする『存在しない女たち』では、男女格差をデータ化し、その実態に迫ります。女性差別について改めて考え、行動するきっかけを与えてくれる一冊かもしれません。
データで可視化された驚くべき女性不在社会
『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』
少し前の出来事だ。駅の構内で見知らぬ男に声をかけられた。誘いを断ったら、相手は怒鳴りながら追いかけてきた。とても恐ろしかった。私は今40代だが、10代のころから、ただ街を歩いているだけで身の危険を感じたことが何度もある。
キャロライン・クリアド=ペレスの『存在しない女たち』によれば、フランスの女性の90%が公共交通機関で性的ハラスメントの被害に遭っているという。アメリカやスウェーデンの研究でも、女性のハラスメント被害者の多さが指摘されている。世界中で同様の現象が起こっているのに、なかなか状況は変わらない。それは人間社会が男性を基準にしてつくられているから。著者は大量のデータを駆使して、トイレから税制まで社会のインフラがいかに女性の存在を無視して設計されているかということを証明していく。
たとえば、成人男性の安静代謝率を基準に決められたオフィスの冷房の標準温度は、女性にとっては寒すぎる。男性の手の大きさに合わせて開発されたスマートフォンは、女性には使いづらいサイズになっている。差別する意図はなくても、ものづくりやシステム構築において男女の身体の違いを考慮しないことは、深刻な事態をもたらす。本書では防護服が男性用しかなかったせいで命を落とした女性警官の事例や、医学の研究対象が男性に偏っていることによって女性の病気が誤診された事例が取り上げられている。
人類の半分は女性なのに、いないように扱われている。そんな現実を突きつけられるのはつらいが、データという形で可視化することによって、改善方法が具体的に考えられる。新しいビジネスのヒントを見つける人もいるだろう。「おわりに」に出てくる編み物が好きな女性数学者のエピソードは痛快。女性が女性のまま、あらゆる分野に参画できるようになれば、世界全体が変わるという希望を与えてくれる。
『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)
著/キャロライン・クリアド=ペレス、訳/神崎朗子
イギリスでベストセラーになった話題の本が遂に翻訳。女性権利活動家でジャーナリストの著者が日常生活、職場、設計(デザイン)、医療、市民生活、災害時の各場面において、女性が〝不在の存在〟として男性の陰に隠れていることを分析する。思いもよらない男女格差の実態に改めて気づかされる一冊。
2021年Oggi4月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。