『逝ってしまった君へ』あさのますみ氏のノンフィクション随想録が書籍化
“大切な人を突然亡くす”という経験。それは、誰にでも起こりうることです。その時、自分はどのような気持ちになって、どのような行動を取るのか… 考えたことはありますか?
今回紹介するエッセイ『逝ってしまった君へ』は、著者・あさのますみ氏が、友人であり、はじめての恋人を自死で亡くしてからの体験が繊細かつ率直な言葉で綴られています。
亡くなるまでの話ではなく、亡くなってからの話を、ここまで赤裸々に綴っている本を読んだことがありませんでした。あさの氏の体験を追いながら、“自分だったらどうするだろう”と自分に問い続けながらページをめくりました。その問いの答えを、自分の中に見つけることはできませんでしたが、それでも、考えるきっかけを与えてくれた一冊に出合えたことに感謝しています。
今回、あさの氏から、Oggi.jpの読者の皆さまに向けて、ご寄稿いただきました。
大切な人の自死と、「遺された人々」のこれから
声優という職業について、二十年以上が過ぎた。
いろいろな経験をしたし、大勢の人に会った。困難なこともそれなりに乗り越えてきた。できることも増え、知り合いも増え、働く私を認知してくれる人も多くなってきた。仕事を通して私自身の視野はぐんと広がった。そんなふうに、疑いもせず思い込んでいた。
それはちがう、と気づいたのは、大切な人の自死がきっかけだった。
学生時代からの友人ではじめての恋人でもあった彼は、心を患い、ある日突然自らの意志で人生の幕を引いた。その引き金になったのが、仕事だった。
「今の会社以外で働くことは考えられない」
「これ以上どこへも行けない」
死後、彼のスマートフォンに遺されていたメモを見て、私は、叫びそうになる自分を必死に抑えた。ちがう、そうじゃないのに。君にはいろんな可能性があるのに、その気になればなんだってできるのに。そしてなにより、仮になにもできずどこへも行けなくなったって、君のすばらしさは、少しも減ったりなんかしないのに。
やるせなさに、体が震えた。あんなに聡明だった彼が、なぜそんなふうに思い込んでしまったのかわからなかった。伝えたい言葉が次々と浮かんだ。能力が高いから君のことが好きなわけじゃない。君の素敵なところなら、いくつだって言える――。告別式でも、遺品整理でも、私はくり返しそう思った。けれどどんなに強く思っても、その言葉を彼に伝える手段は、もうどこにもなかった。理不尽な別れに、ほとんど憤りに近い気持ちになることもあった。けれどふと、気づいたのだ。
――私だって、自分の仕事を、そんなふうに思い込むことがあるじゃないか。
仕事が決まらない自分が情けなく思えて、涙が出てしまったことがかつて確かにあった。自分より忙しい誰かを見て、不甲斐なさに身動きが取れなくなる日もあった。あのとき、私は本当に、泣くほど情けない状態だったのだろうか。
仕事に熱中し、競争社会を生き抜こうとずっと試行錯誤してきた。その中でいつのまにか、たった一つのものさしを握りしめ、恐ろしく狭い価値観で、世の中を、自分自身を、裁こうとしてはいなかっただろうか――。
『逝ってしまった君へ』は、得難い人を失った体験を綴った本である。そして同時に、喪失を経て、ある意味での「強さ」を得るまでの過程を描いた一冊でもある。この本を読んだ知人が、「暗闇の中からしか見つけられない光があるんだ、と思った」と感想をくれた。小さくてもいい、読んでくれた人の心に光が差すような随想録になっていることを、私は今、強く願っている。
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最後にある通り、“読んだ人の心にひかりが差す”本書は、喪失について描かれた話ですが、決してつらいだけの話ではなく、読み終わった後、最近会えていない友人に連絡を取りたくなる、そんな本だと思います。
『逝ってしまった君へ』発売中
「note」で大反響を呼んだ壮絶なノンフィクション随想録、待望の書籍化。
全国の書店、ネット書店にて発売中です。
『逝ってしまった君へ』(小学館)
著/あさのますみ