何かあったときのため、の貯金は「死に金」である
前回、大富豪のえびすさまから、「人生の出費」についての話をしてもらった。
「うわぁ、なんだか保険会社の人がものすごーく悪い人に思えてきた……」
私はもう一度横目で、同じ喫茶店内で、女性に保険を勧めている青年を見る。初めに受けた爽やかな印象が、今はかえって胡散臭く感じた。えびすさまは可笑しそうに肩を揺すり、「それは違うよ」と宥めるように言った。
「誤解のないように補足しておくと、保険の仕組み自体は非常に良いものだ。特に家庭がある場合は、いくら日本には国民皆保険制度があるとは言え、最低限の保険はかけておいたほうがいい。
貯金だってそう。ひとり暮らしであれば三ヶ月分、家族がいるのであれば最低半年分程度の生活費は確保しておくべきだね。家族を路頭に迷わせるなど、あってはならないことだから。ただ……」
「ただ?」
「もし、それ以上のお金をただ貯め込んでいる人がいたなら、僕はこう質問したいね。
『そのお金、一体いつ使うおつもりですか?』って。
いつ使うか、もしその日時がはっきりしている場合は貯めていても良いんだ。曖昧でなければ、それは必要な貯金となる。
でもね、真面目に、真っ当に、コツコツと。いつ来るかもわからない、もしかしたら来ることがない『そのとき』のために、『今』の楽しみを我慢してまでせっせと将来にお金を送り続ける。これはあまり、幸せなお金の回し方とは言えないよね」
確かにそうだ。お金を「回す」という考え方はえびすさまに出会ってから知ったものだけど、その視点であればお金を貯め込む行為というのはただ、流れを滞らせるだけになる。
持っておくだけでは価値は生まれない
「そもそも、不安からお金を囲い込むというのは、お金に非常に嫌われる行為だね。居心地がとても悪いから。そして、そういった人は総じて『がめつく』なるし、いくら貯めても不安が解消されることはない。
いつまで経ってもゴールが見えないのだから、終わりも当然ない。あるとしたらそれは、寿命が訪れたときだ。それまで延々と貯め続けるだなんてまるで、お金の奴隷だね」
「お金の奴隷……」
「可哀想なのはお金のほうだ。そんなところにがんじがらめにされてしまうのは不運としか言いようがない。お金は使ってこそ本来の輝きを放つものだからね。お金を綺麗に使える人の元へはお金がどんどん集まってくる。
逆に、せっかくお金を手にしても、そのまま陽の目を見ないところへ追いやってしまう人には、お金はなかなか集まらない。活躍できないところにわざわざ来たがるほど、お金も物好きではないからね。
そうして避けられて、全然巡ってこないから、だからもっと必死に囲い込むという構図になってしまうのは、目も当てられないよねぇ」
えびすさまはこめかみに中指を当て、残念そうに首を振る。
「お金は、ただ置いておくだけではちょっと高級な紙と変わらない。あすかちゃん、一万円札の原価はいくらか知ってる?」
「えっと…… 五百円ぐらい?」
紙質は外国の紙幣と比べものにならないぐらいしっかりしているし、模様もホログラム加工も綺麗で、透かしが入っていて。偽造防止の技術も日本はトップレベルだって聞いたことがある。
「正解は二十二円」
「二十二円!? 安っ!」
思わず言葉が口をつく。あんなに巷で崇められているお札が二十二円でつくれるなんて…… そりゃあ偽造防止にも、力を入れるはずだわ。
「公表されているわけではないので原材料からの概算だけどね。一万円札の原価はおおよそ二十二円。そのままで、それ以上の価値を生むことはない。だからちゃんと使ってあげることが大事なんだ」
「使い手次第、ってこと?」
「そう。だってお金は道具だもの。世の中には『生き金』と『死に金』があってね、貯めるだけで手をつけずに寝かせておくだけのお金は『死に金』だ」
「死に金」って嫌な響きだな、と思った。使う側によってお金が百八十度性質を変えてしまうという重要事項に気づいている人は、一体どれだけいるのだろう。
「経済を循環させるということ、自分自身にもお金や豊かさを巡らせるために初めにすべきことは、『お金を使うこと』。ギブアンドテイクの理論とも似ているかな。まずは自分から放つ必要がある。
自分のところだけで留めようだなんて、そんなのは貧乏人の考え方だね。ひとりで貯め込もうとすればするほど、お金の魅力は失われていってしまう。もちろん自分自身の魅力もね。
自分も自分の周りも『奪う人』ばかりになっていく。それは分かち合いとも循環ともかけ離れた世界だ。いつまでも交わることなく、その先は全員で共倒れの未来しか広がらない。そんな世界で生きたくはないよね」
「世界って本当に、わかりやすく真っ二つに分かれてるんだ……」
分かち合い精神は、お金持ちへの近道
「そうだ、あすかちゃん。『天国と地獄の箸』の話は知ってるかい?」
「なぁに? それ」
お会計を待っている間、「今日のお土産に」と、えびすさまはひとつ小咄を教えてくれた。
「地獄と天国の違いは何か?」
好奇心から見学に行ったひとりの青年がいた。まずは、と「地獄」を覗いてみたところ、住人は皆、ガリガリの痩せっぽち。
「さぞかし質素な食事なのだろう」と思ったのも束の間、食卓に目を向けると、それはそれは豪華な食事の数々が並んでいて。
こんなご馳走があって、どうして皆痩せ細っているのか?
注意深く見てみると、住人が手にしているのは2メートルはありそうな長い箸。腕より長い箸を口に運べるはずもなく、どれだけ四苦八苦したところで食べることは到底叶わない。
「豪華な食事も、ただ眺めるだけでは何の意味もないのだな」と物哀しい気持ちで、青年は地獄を後にした。
続いて降り立ったのは「天国」。住人は皆艶やかで福々と、見るからに健康そうだった。
食事が違うのか? 食卓に目を向けると、そこにあるのは地獄と同様、豪華な食事に長い箸。ただ、食べ方は大きく異なっていた。
天国では、自分だけで独占しようという住人はひとりもいない。それぞれが向かいの席と交互に食べさせ合っていた。そうして互いに協力することにより、皆がおなかいっぱい、豪華な食事を口にできていたのだ。
「状況は同じなのに、独り占めしようとするか、分かち合おうとするか。それだけで世界はこんなにも変わるものなのか」
青年は大いに感心して、見学を終えたそうな。
今までぼんやりとしていた奪い合い、分かち合い、というふたつの世界の構図がなんとなくわかってきたような気がした。
「自分さえ良ければいい、という思考は、豊かに生きるには邪魔なだけだね。独り占めをしないことが、金持ちになる近道だよ」
「では、参ろうね」とニコッと微笑み、立ち上がる。いつの間にか貸切になっていたみたい。先ほどお隣だったマダムは契約したのかな。えびすさまの話、聞かせたかったな、なんて。
私たちはマスターに美味しいコーヒーのお礼を言い、喫茶店を後にした。
今回の学び
・貯金も保険も最低限で良い
・生き金にするも死に金にするも、全ては自分次第
・奪い合いの世界から出るには、独り占めをしないこと
TOP画像/(c)Shutterstock.com
職業お金持ち 冨塚あすか
個人投資家。1988年生まれ、仙台出身。慶應義塾大学卒。「お金を理由に何かを諦める、という事態とは生涯無縁でいよう」と決め、20歳のときに10万円から資産運用を始める。紆余曲折ありながらも持ち前の分析力と嗅覚、人当たりや運の良さで資産を順調に拡大。会社員を辞めてからは2年ほど、専業投資家として資産運用のみで生活をする。現在は、オンラインサロンを通じて、投資の仕方や生き方、女性がお金持ちになるために必要な「お金の帝王学」について指南している。趣味は旅行と食べ歩き、お金持ちの話を聞くこと。
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