何かあったときのための貯金って必要?
よく晴れた穏やかな日曜日。近くに美味しい喫茶店ができたというので、えびすさまと一緒にお散歩がてらコーヒーをいただきに。最近は支店の外で会うことも増えてきた。
えびすさまは、支店長をはじめとする支店の人たちが必要以上に気を遣ってくるのが少し疲れるのだという。
そりゃあね、定期的に一億円以上も紙袋に詰めてきて、軽く雑談したのちに「はい、じゃあ今回もこれ、よろしくね」なんて無造作にカウンターに置く大富豪なんてそうそういるはずもない。丁重に扱わないほうが無理ってものよねぇ。
小径に面したお店に入ると、全身がコーヒーの良い香りにふわっと包まれる。レトロなアンティーク調のテーブルにふかふかのソファー。ひと目でセンスの良さが見てとれた。
カウンターでは渋い髭を蓄えた初老のマスターと思しき男性が、コポコポと音を立てるサイフォンのひとつに手をかけ、ゆっくりとフラスコをセットしていた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
私たちはお店の中ほどの角っこに陣取り、ホットコーヒーをふたつ頼んだ。デコボコと入り組んだ店内は死角が多く、何かと籠もったり内緒話をしたりするにはぴったりの場所に思えた。
「何かあったとき」って一体いつのこと?
ふと、横のほうから声が聞こえる。壁を隔てた斜め前に、大きな花柄のワンピースを身に纏った綺麗なマダムと、パリッとしたスーツを自信ありげに着こなす青年。まだ二十代後半ぐらいかな。どうやら保険の勧誘のようだった。
「奥様、今はまだ、そこまで重大なことだとは考えられないかもしれません。でも、何かあってからでは遅いのです。何かあったときのために、今のうちからきちんと準備をしておくことは、将来への安心に繋がります。そのために私たちがいるのですから」
青年は熱心に口説き落とす。ハキハキとした口調のせいか、声のトーンなのか、そこまで大きな声でもないはずなのに、内容ははっきりと伝わってきた。
私は「何かあったときのため」という言葉が妙に引っかかり、えびすさまにそっと聞いてみた。
「ねぇ、えびすさまって『何かあったときのため』の貯金ってある?」
私は不思議だったのだ。
「何かあったときのために取っておきなさい」、「そんなに贅沢ばかりしていないで、ちゃんと貯金もしなさいね。人生何があるかわからないんだから」なんて言われて育ってきたけれど、えびすさまと会って少しずつ、お金との向き合い方が変わってきた。そうしたら、「何かあったとき」って、一体いつのことを指しているんだろう、って。いつまで貯めていれば良いの? なんて疑問が沸々と湧き上がってきて。
えびすさまは目を瞑ったままコーヒーをひと口含み、そして聞き返してきた。
「何かあったとき、というのは病気になったり事故に遭ったり、あるいは自分や子どもたちのライフイベントとか、そういったことかな?」
「うん、たぶんそんな感じ。んー、私、たぶん正確にはわかっていないのね。ただ、今まで私の周りにいた大人たちは『何かあったときのために貯金しておきなさい』って言う人ばかりだったから。
恐らく人生って、何かあったときというのがあるんだろうな、そのときえびすさまだったらどうするんだろうなって思って」
えびすさまが桁違いのお金持ちなのはわかっている。それでも投資と貯金の配分や、保険事情はすごく気になった。大富豪だからこそ。
お金を消し去る「人生の三大出費」
「あすかちゃん、人生の三大出費って知ってる?」
「え、おうちでしょ、車でしょ、あとはなんだろう…… 結婚式?」
「惜しい!」とウィンクをして、彼は「保険だよ」と教えてくれた。
「人生の三大出費は家、車、保険と言われている。でもあすかちゃんのように、保険が三大出費と言われるほどの金額だとは意識していない人が大半なんだよね。保険は毎月少額ずつ出ていくものだから、全体でそんな大金を消費していることにはなかなか気づかない。じんわりと、でも確実に、固定費然として支出に食い込みお金を消し去っていく。それが保険だ」
「え、じゃあ保険は入ってないの?」
「いや、入っているよ。ただし必要最低限だ。手厚くかけるのが良いことだとは、僕は思わないからね」
「どうして?」
「大事なのは『バランス』だ。例えばあすかちゃんの周りで、そんなに贅沢もしていないのにいつも『お金がない!』と言っている人はいないかい?」
いる。親戚の集まりでも耳にするし、近くに住んでいるおばちゃん同士の井戸端会議でもよく盛り上がっている話題だ。思い当たるでしょう、といったニュアンスを含み、えびすさまはこちらを見ながら「そういう人ってね、」と続ける。
「実は『お金がない!』と言いつつ定期預金は三百万、一千万円あるという人も珍しくはない。日本の家計の金融資産残高のうち、現預金は一千兆円以上とも言われている」
「一千兆円!?」
聞いたこともない数字に、思わずむせそうになる。
「みんな貯め込んでいるんだよねぇ。それでいて『お金がない』など、アンバランスも甚だしい。こういった人たちはね、保険も必要以上に手厚くかける傾向にあるんだ。
『これもあったほうが安心だよ』『これもつけておいたほうがここまでカバーできるよ』などと、保険会社の甘い言葉に乗せられて、必要もないオプションまでどんどん追加していく。せめて定期的に見直せばいいものを、一度申し込んだら放置することも多い。お金を活用するのが下手だからね。
さらに、保険会社もビジネスだから、こちらが見直したいなと思ったところで、増額は簡単なのに減額は渋る。その間も当然、支出は嵩んでいくことになるよね。その支出は、はっきり言えば『無駄な支出』だ」
「うわぁ、なんだか保険会社の人がものすごーく悪い人に思えてきた……」
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職業お金持ち 冨塚あすか
個人投資家。1988年生まれ、仙台出身。慶應義塾大学卒。「お金を理由に何かを諦める、という事態とは生涯無縁でいよう」と決め、20歳のときに10万円から資産運用を始める。紆余曲折ありながらも持ち前の分析力と嗅覚、人当たりや運の良さで資産を順調に拡大。会社員を辞めてからは2年ほど、専業投資家として資産運用のみで生活をする。現在は、オンラインサロンを通じて、投資の仕方や生き方、女性がお金持ちになるために必要な「お金の帝王学」について指南している。趣味は旅行と食べ歩き、お金持ちの話を聞くこと。
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