端正で美しい言葉に心震える本
「嚙みしめるほどに味わいが増す言葉に、疲弊した心が救われる!」
日本語のたおやかな響き、知性あふれる言葉の組み立て、背筋が伸びるような端正な言葉の数々は、私たちの感性を心地よく刺激してくれます。雑音だらけの日常に疲れているあなたにこそ、ぜひ手に取ってほしい2冊です!
1『カミーユ』
これぞ声に出して読みたい美しい言葉が詰まった歌集
大森静佳の『カミーユ』に「顔を洗えば水はわたしを彫りおこすそのことだけがするどかった秋の」という短歌がある。朝、洗顔したときの爽快感がよみがえる。肌に冷たい水をかけることによって、寝ぼけて緩んでいた輪郭がくっきりするように感じるあの瞬間。〈水はわたしを彫りおこす〉のだと思う。著者の大森さんは1989年生まれ。意識していないと見過ごしてしまう光景、表に出すことが難しい感情を、美しい言葉で彫りおこしてくれる。
短歌は31文字しかない。お気に入りの一首があったら、声に出して繰り返し読んで、どんな情景なのか詳しく想像してみる。驚くほど豊かな世界が広がる。なかでも好きな歌は、暗記して頭のなかにもち歩きたくなる。そうやって言葉を蓄積しておけば、何か心が揺れ動くような出来事があったとき、自分の気持ちにぴったり合う表現が見つかるから。
この本を読んだあとにものすごく腹が立ったら「そのひとを怒りはうつくしく見せる〈蜂起〉の奥の蜂の毛羽立ち」を蜂の羽音とともにイメージするだろうし、だれかに触れたくなったらきっと「手をあててきみの鼓動を聴いてからてのひらだけがずっとみずうみ」を思い浮かべるだろう。
『カミーユ』
著/大森静佳 書肆侃侃房
現代歌人協会賞、日本歌人クラブ新人賞、現代歌人集会賞を受賞し、小川洋子も絶賛する歌人の作品集。23歳から28歳までの間に詠んだ240首の短歌を収める。ナチスに抵抗した女学生の人生に着想を得た歌など、強い意志を秘めた美しい言葉がいっぱい。
2『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』
34歳で亡くなった女性哲学者の傑作論考
シモーヌ・ヴェイユは、1909年フランス生まれの女性哲学者。劣悪な労働条件の工場で働いた経験と、政治・社会・文化にまつわる深い思索をもとに多くの論文を書いたが、34歳の若さで亡くなった。『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』は、彼女の重要な論考を集めた本だ。哲学書だから一読しただけではわかりにくい部分もあるが、訳者による丁寧な解説が理解を助けてくれる。
特におすすめしたいのは「奴隷的でない労働の第一条件」だ。日々の仕事に虚しさや苦しさを感じているとしたら、奴隷になっている可能性がある。どんな職業でも関係なく、労働と休息のあいだを往復するだけの生活に人間は耐えられない。ヴェイユは〈ただひとつのものだけが、単調さを堪え忍ばせる。それは永遠の光である。それは美である。〉と書く。美しいものとは詩であり〈大衆は、パンのように詩を必要としている。〉。詩的なものを日常に見出すことが、自由を手に入れる第一歩につながるのだ。
おかゆのように消化のいい文章に飽きたら、ぜひ手にとってほしい。ひとつのテーマをじっくり嚙み砕いて考えることで、少し成長できる気がする。
『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』
著/シモーヌ・ヴェイユ 編訳/今村純子 河出書房新社
フランスの女性哲学者の思想を凝縮したアンソロジー。「『グリム童話』における六羽の白鳥の物語」など7編を収録。古典名作の読解と、自身が働いた経験をもとに、研ぎ澄まされた文章で、美とは何か、善とは何か、労働とは何かを考察する。
2018年Oggi11月号「『女』を読む」より
撮影/よねくらりょう 構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』(4月13日発売予定)、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。