大人の恋愛がわかる本
「不条理だけど、その分自由度も高い。それが大人の恋愛の醍醐味!」
仕事、家族、お金の問題、周囲の人間関係などが絡み、恋愛が複雑になり始めるOggi世代。恋愛=結婚という単純な図式とも、若いころのラブラブとも違う恋に憧れる。大人の恋愛観を備えつつ、もっと自由に恋するには?
1『じっと手を見る』
生々しい現実と向き合う介護士の恋を描いた長編
恋愛と介護は遠くかけ離れたものというイメージがあった。夢と現実が隔たっているように。でも窪 美澄の『じっと手を見る』を読むと、老いや孤独を意識せざるを得ない世界だからこそ、強く惹かれ合うことがあるのかもしれないと思う。富士山の見える小さな町で、介護士の仕事をきっかけに繫がった男女の物語だ。
主人公の日奈は、特別養護老人ホームに勤めている。祖父が遺してくれた古い家に住み、これといって趣味はなく、安月給な割に重労働だと言われがちな仕事にも不満は感じていない。そんな彼女が東京から取材にやってきた宮澤という男を好きになってしまう。専門学校の同級生で元カレでもある海斗は、危うい恋に溺れる日奈を心配するが…。
人生になんの期待も抱いていなかった日奈と、不実だが優しい宮澤、元カノに片思いをし続ける海斗、海斗の後輩で職と男を転々としてきた真弓。4人の複雑な関係が描かれていく。セックスの描写は美化していないのに下品ではなく、快感と寂寥感を同時に漂わせる。逃げたり追いかけたりする四角関係の着地点も予測不可能。求める人に求められるとは限らず、突然終わることもある。それでも、だれかと心を通わせることを諦められない大人におすすめしたい。
『じっと手を見る』
著/窪 美澄 幻冬舎
小さな町の特別養護老人ホームで働く日奈の家に、東京で編集プロダクションを経営する宮澤が通ってくる。体だけの関係なのか、本気の恋なのか。お互いの気持ちを確かめないまま、ふたりは情事を重ねるが…。寄る辺ない男女の感情の揺らぎを描いた長編。
2『変愛小説集』
ヘンテコだけど自由な変愛短編アンソロジー
大人の恋はシビアだけれど、子供の恋より自由になれる可能性も秘めている。たとえば、岸本佐知子編・訳の『変愛小説集』。人気翻訳家でエッセイストでもある岸本さんが、英語圏の小説から〝変な愛〟をテーマに、面白い短編を選んで訳したアンソロジーだ。
最初に収められた「五月」は、なんと主人公が樹木にひと目惚れする話。樹木という名前の人ではない。地面に生えている木だ。そんなことはありえないと思うかもしれないが、相手の木はとても美しく描かれていて、恋に落ちる過程に説得力がある。愛する木とずっと一緒にいられる方法を懸命に探すくだりも切ない。ほかの10編もヘンテコで純愛度の高い話ばかり。固定観念を取りはらって、自分に正直な恋を楽しみたくなる。
『変愛小説集』
編・訳/岸本佐知子 講談社
海外の小説から〝変な愛〟をテーマに面白い短編を選んで翻訳したアンソロジー。主人公が1本の木に片思いをする「五月」、愛し合う夫婦が皮膚を宇宙服に変える病気のせいで離ればなれになる「僕らが天王星に着くころ」など、11編を収録する。
2018年Oggi8月号「『女』を読む」より
撮影/よねくらりょう 構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』(4月13日発売予定)、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。