家でリラックスしながら読みたい本
「美しいものを愛でて、思いきり怠けることを楽しもう」
お出かけ日和が続いたって、自宅でダラダラ過ごしたい日もあります。難しいことはあまり考えず、活字の海にぷかぷか浮かんでいたい…! そんな贅沢時間にぴったりの本をご紹介。
1『クローゼット』
美しいファッションに癒やされる長編小説
どこにも出かけなくても、文字を読むだけで日常と違う世界へ行けるのが、本の素晴しいところ。千早 茜の『クローゼット』は、実在する施設をモデルにした服飾専門の美術館が舞台になっている。西洋の貴婦人がドレスの下に身につけていたコルセットから、現代人の普段着まで、さまざまなファッションと人間の関係を描いた美しい物語だ。
主人公は男性を極度に恐れる洋服補修士の女性と、おしゃれが好きなフリーターの美青年。幼いころ仲よくしていたのに、ある事件がきっかけで離れ離れになったふたりの人生が再び交差する。
珍しい形、凝った刺しゅう、繊細なレースなど、彼らが美術館で出合う服のディテールがとにかく魅力的だ。〈ファッションは幸福のイメージを体現するもの〉という学芸員の言葉にうなずいてしまう。トラウマに苦しむ洋服補修士が、ある外交官夫人の傷んだドレスを生き返らせることによって、癒やされていくところもまたいい。
一方、古い洋服の奥深さに惹かれて美術館に通うようになった青年は、コートにブラシをかけつつ〈大事なものに丁寧に向き合えていると思うと、気分が落ち着く〉という。自分の服や体も乱暴に扱わず、手入れして休ませることを心がけたくなる。
『クローゼット』
著/千早 茜 新潮社
子供時代の事件がもとで男性恐怖症になった洋服補修士と、おしゃれに詳しく女性にモテるフリーターの男の子。ふたりには隠された繫がりがあった。1万点以上の洋服を収蔵する美術館を舞台に、ファッションを愛する人々を美しく繊細な筆致で描いた物語。
2『怠惰の美徳』
ゴロ寝をしながら読みたい怠け者作家の作品集
何も予定がない休日、ベッドやソファでゴロゴロしながら読むのにぴったりの一冊が、『怠惰の美徳』だ。著者の梅崎春生(うめざきはるお)は、昭和の時代に活躍した作家。収録されているエッセイや小説には、彼がいかにして怠け者のまま生きてきたかがつづられている。
たとえば「寝ぐせ」という短編。語り手はいったん蒲団に入ると出るのがいやになって、朝ごはんも昼ごはんも枕もとにもってきてもらって食べる。仕事は物書きだが、あまり忙しくはないらしい。机の前に座っているのは2時間ほどで、ときには一日中寝ている。なんという羨ましい生活! 種なしスイカができるなら骨なし魚をつくれないかとか、寝床で考えることもくだらない。そんな自分を〈どうしようもない〉とぼやく姿におかしみがある。
楽なことが好きで、したくないことはできるだけしない。がんばらない作家の言葉が、日々のストレスで硬くなった頭をほぐしてくれるはず。
『怠惰の美徳』
著/梅崎春生 中央公論新社
直木賞受賞作『ボロ家の春秋』で知られる作家は、筋金入りの怠け者だった。大学の講義はほとんど出席せず、就職試験は全滅。ようやく入った役所でもぼんやり毎日を過ごし、作家になってもできるだけ働かない。そんな彼のユーモラスな随筆と短編を収める。
2018年Oggi6月号「『女』を読む」より
撮影/よねくらりょう 構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』(4月13日発売予定)、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。