〝新たな自分でスタート〟を後押しする本
「完璧じゃない自分の何がいけないの?」
2019年も残すところあと少し。新年を迎えるその前に、身も心も軽やかに、凝り固まった考えをアップデートして新しい一歩を踏み出す準備を! 今回ご紹介するのは、「新しいスタートを切りたい・自分を好きになりたい・変わりたい!」そんな人の心がすっと軽くなるような2冊。
1『完璧じゃない、あたしたち』
なんでも打ち明けられる友達みたいな本
恋愛でも仕事でも家族関係でも「ちょっと我慢しすぎなんじゃないの? あたしたち」と思う。いつも他人に合わせて自分の気持ちを抑えつけてしまいがちな人は、王谷 晶(おうたにあきら)の短編小説集『完璧じゃない、あたしたち』の中の「Same Sex,Different Day.」を読んでみてほしい。
好き同士なのにセックスできない朝子と茉那美(まなみ)の話だ。女同士だから行為による区別はつけにくいけれど、ふたりは自分が抱くほうだと思っている。お互いに譲りたくても譲れない。話し合った末に、茉那美が〈あーさん抱きたいけど、抱かれてるあーさんが我慢してるなーって思ったらもうそこで萎える。あ、この『萎える』も謎ですよね。どこが萎えんだ。萎えるとこないわ〉と言うくだりが最高。
自分の欲望のために相手を我慢させて平気な人は、きっとだれのことも愛していないのだ。恋に限らず、無理せず一緒にいられる人を見つけたい。『完璧じゃない、あたしたち』には、性について率直に描いた作品も多い。滅多に人には言えないようなことも打ち明けられる友達みたいな本だ。しかもトークの切れ味がすごくて、笑いのセンスも抜群。おしゃべりするようにページをめくっているうちに、心の中のもやもやが晴れる。
『完璧じゃない、あたしたち』
著/王谷 晶 ポプラ社
驚くべき姿に変身した友人と主人公の会話がおかしくも切ない「友人スワンプシング」、ある屋敷に勤めていた老女とお嬢様の因縁を描いた痛快な復讐劇「ばばあ日傘」など、女同士のさまざまな関係を生き生きとした文章で描いた短編集。全23編を収める。
2『臆病な詩人、街へ出る。』
ありのままをさらけだす詩人が清々しい
今の自分が嫌い、変わりたいという人は、文月悠光(ふづきゆみ)のエッセイ集『臆病な詩人、街へ出る。』をどうぞ。文月さんは〝詩の世界の芥川賞〟と言われる中原中也賞を史上最年少の18歳で受賞した。そんな才能がある人に〈わ… 私、何もないんです〉と悩まれてもねえ… と思ったのだ、はじめは。ところが、20代半ばを迎えて崖っぷちに立たされた彼女の、不器用で生真面目すぎる奮闘に、だんだん引き込まれていく。
八百屋での買い物からテレビ番組出演まで、文月さんは未体験のことに挑む。それで臆病を克服できた、という簡単な話ではない。街へ出ても自意識過剰で空回りする滑稽な姿を、彼女はありのままにさらけだす。危なっかしくてハラハラするけれど、失敗を繰り返しながらも戦うことをやめず、暴力的な言葉には本気で抗う勇敢な一面もある。冒険を経たあとの「あとがき」は清々しい。変わりたいように変われなくても、自分を好きになることはできると教えてくれる一冊だ。
『臆病な詩人、街へ出る。』
著/文月悠光 立東舎
18歳で中原中也賞を受賞した元「JK詩人」は、20代半ばになって、世間知らずで平凡な自分に気づく。現実に向き合うために、彼女は街へ冒険に出る。初詣からストリップ鑑賞、本屋でのアルバイトまで、未知の世界に体当たりでチャレンジしたエッセイ集。
2018年Oggi5月号「『女』を読む」より
構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』(4月13日発売予定)、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。