Mr.ジョン金谷って? だれ?
ジョン金谷鮮治は、明治43年(今から100年以上前ですね)に生まれた。
ホテル経営一家に生まれた彼は、数々の有名ホテルで修行を積み、海外の視察も欠かさず、そして、ここ鬼怒川でひとつのホテルを任された。
日本の伝統を愛し、でも西洋から次々と入ってくる驚愕の新しい文化を積極的に取り入れ、そうやって今の日本にある数々のホテル業界の礎となるモデルを作り上げた人らしい。
日本が開国をし、それからの怒涛のような西洋文化の流入。
私はその頃を生きた数々の人たちが時々羨ましくなる。
自分の想像をあっと超えた新しい常識が毎日のように自分の生活を塗り替えていく毎日。
今の日本も充分それに近いが、明治のそれはきっとそんなレベルをはるかに凌駕するものだっただろう。
今まで見も知りもしない言葉やものや慣習がどんどん入ってきて、経済的にも希望に満ちた、みんなが前向きに明るかった時代。
そんなイメージが明治時代。
さて、彼は日本と海外を行ったり来たり、イタリアでは紳士服の世界にどっぷりとハマり、着ているスーツは全てお仕立て誂え品、白いリンカーンコンチネンタルを乗り回し、シガーを片時も離さず、銀座や麻布やらを闊歩していた。時には値札も見ずにピカソの絵を買っちゃったりしたほどの豪快さだったらしい。(ピカソはさすがにパパから怒られたかもね笑)
その豪放磊落(ごうほうらいらく)、羽振りの良さは、銀座のオネエさんたちにもさぞかしモテたんだろう。銀座を彼が通ると各辻の花売りたちは直立不動で挨拶したそうだ。
「おい、小僧。花を包んでくれ」
「ハイっ カナヤの旦那」
「おいおい、そんな包み方じゃオンナに失礼だろう! ちゃんとやれ、やり直し!」
「あっ すみません(汗)」
「まったく人の心の掴み方を知らない小僧だな、花はこうやってまとめるもんだぞ」
「あい、すみません(汗)」
「まぁ、お前も頑張れよ、この銀座で。働けば必ず偉くなれるぞ。俺みたいになれよ」
「あい、旦那!」
笑いながらジョン金谷はチップを多くはずむ。(完全なフィクションですが)
そんな光景が目に浮かぶようなエピソードだ。
さて、鬼怒川は金谷ホテルに戻ると…
エントランスをくぐると、レセプションの前には素晴らしい百合の投げ入れが。
ジョン金谷が愛した花は百合、それもカサブランカという。
気品のある佇まいと華やかな女性らしい香りが彼を魅了していたのだろう。そんな彼の存在を今でも感じるエントランス。
華やかな彩りで、思わず仰ぎ見るステンドガラスのような天窓は、実は分厚いカラーグラスを叩き割って作るフランスのアーティストのもの。
ジョンは彼の創作に魅入り、ここ鬼怒川の金谷の中に数々の作品を飾った。
実は…
この柄、天女がモチーフ。
日光東照宮・神興舎の『天女舞楽の図』をモチーフにジョンはグラスアートの彫刻家、ガブリエルロワール氏に創作を頼んだのだった。
こちらがオリジナル。
ジョン金谷の理念は「和敬洋讃」。
そうなんです、東洋と西洋の融合、が彼の思いだったのです。
そんな彼の思いが随所に、それも贅沢に体現されているここ鬼怒川。
ディナーの時間に下に降りていくと、まずはウェイティングルームに通される。
暖炉に向かうもよし、窓際で外を眺めるもよし。
年配のご夫婦、女性同士の4人組…みなそれぞれに団欒を楽しむ。
そこにまず、運ばれてくるのがアペリティフ(食前酒)。
ひとしきり楽しんだ後、我々はまた、奥に通される。
席を移動し、ホテルマンの丁寧な接客や友達との会話と共に色々なシーンを楽しむ。
そんな演出でディナーのひと時がさらに豊かに。
そんなゆったりとしたホスピタリティ溢れる時間の演出も、ジョン金谷が西洋から学んだもののひとつだったのだ。
コンテンポラリーでむしろ控えめなインテリアに、ガラスアートが映える。
そこここに置かれている古い調度品や器。
スペインでジョン金谷が買って船に揺られてきた舶来品。
アメリカで流行っていたオールドノリタケのヴィンテージ。
そんなものが惜しげもなく飾られている。
(写真にすら撮るのを忘れて見入ってしまった)
ディナーが趣を凝らした素敵なものであったのは、もう語らなくでもわかりますね。
そして、お部屋もお風呂も広くて素晴らしいのも、アメニティの一つ一つまで拘っているのも、語らなくてもわかりますね。
お食事が終わったらみなさん絶対バーで一杯。
そして、ジョン金谷特製のチョコレートをぜひ。
ボンボンショコラ。外はカリカリ中はふわとろり。
いい表せないくらいいい香り。
ジョンは従業員のために託児所も作った。
海外に行っては託児所の子供たちに色とりどりのチョコレートをお土産にしたらしい。
「わぁ!」と子供が喜ぶ、宝石箱のようなチョコレートの数々。
彼は家族をとても大切にした。
翌朝、起きたら目の前は絶景だった。
こんなところに一人でふらっと来れる女性になりたいなぁ、というよりならないと。ジョンに認めてもらえるような粋で優しい女性にならないと。
ここは、そんな背筋がしゃんと伸びる(あ、リラックスはしながら)ところ。
東武特急のコンパートメント(個室)を一人で借り切って、ぼんやり外を見ながらちょっとした現実逃避。
この美しい絶景を見られるのも今年はあと少し。
あ、でもその後は雪の絶景かしら?
なでしこのみなさまも、こんな贅沢なホスピタリティ溢れる時間を自分へのご褒美に。
【編集後記】
ジョン金谷氏は片時もシガーを手離さなかったそうだ。だから金谷ホテルには素敵なシガールームもある。今、ジョン金谷鮮治の志を継ぎ、ここ鬼怒川金谷ホテルを守る、孫のジョージ金谷氏は片時もアイコスを手離さない。うーん現代らしい! 笑
そしてなかなか鬼怒川まで行かれないなでしこ読者のみなさまに朗報!
恵比寿の裏手、ひっそりとした住宅街に、ジョン金谷のショコラティエ(チョコレートやさんですね)があります。
一つ一つがキラキラしたボンボンショコラや、意外なマリアージュ、オリーブのチョコレートがけなんてものまで販売されてます。
これからのクリスマス、バレンタインに欠かせないお店かも!
あ、今気づいた。お店のメインに飾られているこのチョコレート、実は葉巻をイメージしているのね。こんなところまでジョン金谷ジイちゃんの息遣いが刻まれている!
初出:しごとなでしこ
黒島美紀子 MKシンディケイツ代表
消費家・商業マーケティングコンサルタント
アパレル、セレクトショップ・百貨店を経て独立起業して早や10年余。数々のお買い物の実践と失敗を繰り返し、ファッション、ビューティ、グルメ、ライフスタイルの動向を消費者目線で考察。また、世界各地の商業スペースやブランドをチェック、消費活動を通じたマーケティングを行い、企業と消費者を結ぶ。