NHKの朝ドラ史上、今世紀最高の視聴率を記録した「あさが来た」。
数々の話題を呼んだこの物語の中盤に、波瑠演じる主人公、広岡あさが大阪から東京へ向かうシーンがあります。
東京へ向かうあさは言います。「伍代はん、築地いうところにいらはるみたいだす」(この台詞、正確ではないかも)。あさの目的はディーン・フジオカ演じる五代友厚を東京に訪ねること。
時は明治11年(1878年)。西南戦争終結後、東京と大阪を忙しく行き来していた五代の東京の事務所は当時、築地にあったのです。ではなぜ築地なのか。明治維新の開花期のお話をする前に、時代を今から350年ほど前、江戸時代初期に遡ってみることにしましょう。
築地という地名は読んで字の如し。土地を築く、つまりは埋め立て地だったことに由来します。
明暦3年（1657年）といえば、江戸城の天守閣までもが消失してしまった明暦の大火があった年。同じく大火により消失してしまった江戸の西本願寺（浅草の南、東日本橋にあった。東本願寺は今も浅草にあり）を復活するにあたり、その代替地として築地が造成され、現在の地に再建されたのです。
そして本願寺を中心とする門前町が形成。周辺は数々の寺、武家屋敷が次々と立ち並ぶようになりました。今も聖路加国際大学の構内には、「忠臣蔵」で知られる浅野内匠頭屋敷跡の碑が建っています。
忠臣蔵の発端となった江戸城松の廊下の刃傷が起きたのは元禄14年（1701年）、築地本願寺の再建は延宝7年（1679年）とされていますから、当時の土地造成と新しい街づくりはかなりのスピードであったことが想像できます。（埋め立ては当時の佃島の住民が行ったそうです。凄い！）
さて、時代は一気に進み、1868年、明治維新を迎えました。築地界隈（現在の町名は中央区明石町から入船、湊あたり）に立ち並んでいた武家屋敷や江戸幕府の施設は明治政府により接収されます。代わりにこの土地に設けられたのが外国人居留地でした。つまり、東京の文明開化は築地から始まったのです。
この外国人居留地は30年後に廃止されますが、今もその名残はそこかしこに見受けられます。明石町を横切る道に付けられた名称が「居留地中央通り」「居留地通り」。明治時代のガス灯をモチーフにした街灯も明石小学校の前をはじめ数か所にあります。
また、アメリカ合衆国公使館も現在の赤坂の地に移転するまでこの地に置かれていました。当時、公使館内にあった石碑8個のうち5個が、聖路加国際病院と、聖路加ガーデンの敷地内に「アメリカ公使館跡石標」として今も残っています。
銀座から徒歩10分ほどの距離にありながらこの周辺は緑が多く、心なしかゆったりとした時間が流れているように感じられます。築地市場とはひと味違った週末散策が楽しめるでしょう。
五代友厚の屋敷兼鉱山関係の事業のための東京事務所「弘成館」は、築地入船町（現在の中央区入船）にありました。おそらくは外国人が多く暮らすこの街の一角で、当時最先端の西洋文化を吸収しようとしたのでしょう。
物語ではこの五代の屋敷であさは、暗殺される直前の大久保利通にも対面しています。その後、あさのモデルである広岡浅子は女性実業家として炭鉱経営に続いて銀行、生命保険会社を手掛け、日本初の女子大設立に奔走する、というのはドラマの展開通りです。
五代はその後、大阪商法会議所、大阪株式取引所を設立するなど、維新後低迷していた大阪経済界の立て直しに尽力します。晩年は北海道の開拓使官有物払下げ事件に関わるなど批判を浴び、明治18年(1885年)9月25日、築地入船町の自宅で49歳の短い生涯を閉じるのです。
そうそう、あさはこの上京の折、武田鉄矢扮する福沢諭吉にも偶然出会います。実は、福沢が起こした慶応義塾大学の発祥の地も築地。慶応だけではありません。立教、青山学院、明治学院、雙葉、女子学院などの発祥もみな築地なのです。そのあたりのお話はまた次回に。
初出：しごとなでしこ
T.KOMURO
編集者。主として男性向け情報誌の編集長を歴任。2015年5月、住居を築地に移し、愛犬の悟空とともに週末TSUKIJIライフを楽しんでいる。
