朝ドラ『ばけばけ』ご覧になられてますか? ヒロイン・松野トキを演じるのは髙石あかりさん。「耳なし芳一」、「ろくろ首」、「雪女」──日本人なら誰もが知る怪談の数々を文学へと昇華した、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻、小泉セツがモデルです。怪談を愛する夫婦の、何気ない日常を描く物語。
朝ドラ大好きOggiチームきってのNHK「連続テレビ小説」ウォッチャー、ライター・朝 ドラ子が、毎週『ばけばけ』にグッときたポイントを自由きままに語りたいと思います!
先週のレビューはこちら:ヘブン先生、ついに「怪談」と運命の出合い!あの男のまさかの再登場に興奮が止まりません!|『ばけばけ』第12週
まさに神回! 第13週「サンポ、シマショウカ。」を振り返ります

おトキちゃんがヘブン先生と心を通わせ始めたこのタイミングで、4年前に別れた元夫・銀二郎が再登場。東京で事業に成功した彼は、おトキちゃんとやり直すために、松江にまた足を踏み入れたのでした。訪問に先立って届いた手紙に、驚き戸惑うおトキちゃん。その日が来るのがうれしいような、怖いような、そんな複雑なようすです。
銀二郎、ビシッと洋服を着こなしてずいぶん立派になりまして。都会にかぶれて嫌なやつになってたらどうしよう…とちょっとだけ不安だったんですが、以前とまったく変わらず純粋で優しく、いいやつなんです。でも我々視聴者は、このあと2度目の「別れ」が待っていることを知っています。なので彼がいいやつであるほど余計にしんどい。残酷すぎる! もうこれ以上、銀二郎を悲しませないでください、本当にお願いします(涙)。
ふたりはまず、思い出の地・清光院へ。はじめこそ漂っていた緊張感もいつのまにか消え、以前と同じようなほぐれた雰囲気に。でも、本当に「以前と同じ」なのでしょうか。「ふたりでまたこの場所に来られてうれしい」。その言葉は本心なのだろうけど、あのころと違う何かが、おトキちゃんのなかに芽生えているように思います。
時を同じくしてヘブン先生のもとには「写真の女性」こと、イライザがやってきました! てっきり先生にとって大切な女性だとばかり思っていたのですが…意外にも、イライザのほうが先生を射止めるために奮闘しているよう。デスクに飾っていた写真も、もしかして「絶対飾ってね♡」ってイライザが押し付けたものだったりして。 積極的で行動力のある彼女なら、そのくらいはしそうです。外堀から埋めるタイプだな。好意を隠さずグイグイいくイライザも、なかなかキュートで魅力的な女性なんですよ〜! 頼むからイライザのことも悲しませないでほしい。
おそらくヘブン先生も、彼女の好意を悪くは思っていなかったんだろうけど…(実際写真を飾っていますし、マメに手紙も書いていましたしね)、先生は先生でとても複雑な表情でその日を迎えました。彼の本心はいかに…?
伝書鳩・錦織、空気を読みなさい
そして2組のカップルは月照寺ではちあわせ!! この出会いが、4人の運命を決定づけてしまいます。怪談を通して深く向き合うおトキちゃんとヘブン先生の姿を見て、何かを察する銀二郎とイライザ。その顔はきっと、自分たちには見せないものだったのではないでしょうか。大好きな人だからこそ、些細な表情の変化までわかってしまうものですよね。やるせない…。
このときヘブン先生&イライザに同行・通訳をしていた錦織さんがあんまり空気を読めてなくて(笑)。「銀二郎くんはおトキさんの前の夫」とか「おトキさんは毎晩遅くまでヘブン先生に怪談を…」とかペラペラ紹介しちゃうんだよね。全部そのまま伝えればいいってもんじゃないでしょうよ。銀二郎もヘブン先生も怪訝な顔してるじゃないのよ。でもなんか、久しぶりに先生の役に立ててテンション上がってる感じが憎めないんだよなあ。
その後…銀二郎はおトキちゃんに、イライザはヘブン先生に、一度はともに生きる未来を提案するものの──相手の真の幸せを願って、身を引く決意をするのです。つらい…。4人のあいだで交錯する、言葉にならない、できない、でも確かに存在する思い。何度も振り返るヘブン先生を見送るおトキちゃんと、彼女が流した涙。その姿を見て、すべてを悟る銀二郎のまなざし。ヘブン先生と握り合った手を、自ら離すイライザ。ふとした瞬間に明るくなったり、翳ったり、絶え間なく繊細に変化し続ける表情。口に出さずとも、彼らの感情が痛いほど刺さります。それこそ、通訳の錦織さんがいなくたって銀二郎・イライザがお互いの傷心を理解したように。ドラ子も観ていて心を揺さぶられっぱなしでした。
いや〜放送序盤から感じていましたが、この「言葉で説明しすぎない」「表情や仕草で雄弁に語る」ところが『ばけばけ』の真骨頂だと思っています。今週どっかでさ、「あの人のこと、好きなんでしょ?」とか「私…ヘブン先生が好きなんだ!」みたいな台詞を言わせてもよかったわけですよ。とくに朝ドラは15分という短い枠で進むので、わかりやすい注目ポイントを設ける意味でも、効果的です。しかしあえてそれをしない『ばけばけ』は、非常に意欲的な朝ドラ作品だと感じています。だからこそ、時おり発せられる核心をついた言葉がいっそう胸に残るというものです。今週でいうと、身を引くことを決めた銀二郎の、最後の言葉。
「いつか…東京に怪談を聴きに来て。私とじゃなくてええけえ。あの人とでええけえ」。おトキちゃんの背中を押す言葉でもあり、銀二郎自身が、自分に言い聞かせている言葉とも感じました。ひょっとしたらもう、ふたりは一生会うことはないのかもしれない。けれど同じように「怪談」を愛する気持ちだけは、お互いの人生にはずっと残る。それだけがもう、別れを選ぶふたりのちいさな希望だと言えるのかもしれません。松野家勢揃いのあの場面で銀二郎とおトキちゃんのふたりにだけわかる話をするのも、強いメッセージを感じて…。涙なしでは見られない、まさに「神回」でございました。
トキ&ヘブンの未来がはじまる。年明けは「カゾク、ナル、イイデスカ?」!
そして、銀二郎からの「メッセージ」をしかと受け止めたおトキちゃんが向かった先は、ヘブン先生のもとです。ここでもおトキちゃんは「あなたが好きです」とは、言わないのです。代わりに伝えたのは、「(散歩に)ご一緒してええですか?」その奥底にあるのはきっと、「あなたの人生にご一緒していいですか?」ってことですよね。そうですよね!? ヘブン先生の答えはもちろん──「ハイ。」そしてここで流れる主題歌“笑ったり転んだり”。はい出ました、主題歌がエンドロールとして流れるパターンです! エモ〜〜!!! ラストシーン、ヘブン先生から差し出された手をつなぐふたりがじつに美しくて。あの、誰とも親密になろうとしなかったヘブン先生がですよ? たそがれの空のもと、宍道湖のさざなみの音だけが響き、やっぱりそこに言葉はいらないのでした。
過去を手放し、ふたり手をつなぐ未来を選んだおトキちゃんとヘブン先生。年明けのサブタイトルは「カゾク、ナル、イイデスカ?」です! 年内ラスト週が朝ドラ史に残るレベルの神週だったので、おだやかな気持ちで歳を越せそうです。朝ドラウォッチャー冥利につきますね…。
「朝ドラウォッチャー」ライター・朝 ドラ子
NHK「連続テレビ小説」(通称・朝ドラ)をこよなく愛するアラフォー。毎日退勤後に録画をじっくり観るのが日課。会議でのアツい朝ドラコメントが「天才的なウォッチャー」と編集長に認められ、この連載を開始。歴代ナンバーワン朝ドラは『スカーレット』(2019年度後期放送)。



