「しっかりと目標にフォーカスして、自分のすべてを注ぎ込むこと」ラーズ・ヌートバー選手インタビュー
◆Special Guest:ラーズ・ヌートバー(Lars Nootbaar)選手
《profile》
1997年9月8日生まれ。アメリカ・カリフォルニア州出身。セントルイス・カージナルス所属。「2023 ワールド・ベースボール・クラシック」(以下、WBC)で日系人の現役MLB選手として初めて日本代表に選出され、世界一に貢献。強肩を生かしたマルチな外野守備、そして選球眼のよさと高い出塁能力を武器に「侍ジャパン」のリードオフマンとして活躍した。アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、ミドルネームは「テイラー・タツジ」。〝たっちゃん〟の愛称で、日本中で親しまれるように。
ジャケット¥316,800・ニット¥264,000・パンツ¥193,600・靴¥159,500(ボッテガ・ヴェネタ ジャパン〈ボッテガ・ヴェネタ〉)
2023年、日本中を虜にした「アメリカ育ちの侍」
米国で生まれ育った日系選手が、侍として日の丸を背負って仲間たちと世界一を目指す。WBCをきっかけに、日本中の心をつかんだラーズ・ヌートバー選手が初登場! 妥協のない全力プレイ、屈託のない笑顔…挙げ始めたらキリがない、彼の魅力の源とは。
熱いプレイの裏側に潜む、未来を見据える冷静な視点
2023年春、侍ジャパンの世界一に日本中が歓喜した。日本を席巻した熱狂の中心にいたのが、日系人として初めて〝侍〟となった彼だ。
「WBCがなければ、この取材も含めて、僕は今ここにいない。僕の人生を大きく変えた出来事だった」
ラーズ・ヌートバー、「タツジ」というミドルネームから生まれた愛称は、〝たっちゃん〟。大きな体をちょこんと折って現場スタッフひとりひとりにお辞儀をしては、「ヨロシクオネガイシマス」と笑顔を見せる。誰もが心を奪われる〝たっちゃん〟の魅力は、取材現場でも変わらない。
そのチャーミングさとは裏腹に、プレイスタイルは人一倍ダイナミックで熱い。アグレッシブなクリーンヒットや気迫あふれるダイビングキャッチは記憶に強く残るところだが、決勝戦で〝世界一〟を手繰り寄せた冷静なチームバッティングも印象的だ。
◆仲間たちと過ごして得た“自分の大きな変化”
「一試合一試合が、緊迫するシーンの連続。つい気が逸ってしまうけれど、ダルビッシュ選手や大谷選手、吉田選手、近藤選手といった仲間たちはビッグシチュエーションでもとても冷静だった。そうした彼らの姿を見ているうちに、緊張してしまう場面でも自分を落ち着かせる技術が身についたように思う。
『打ち取られてしまったら…』というネガティブな思考ではなく、『こうしたい』という自分のプランをもって打席に立つ。一歩引いた視点で、状況を俯瞰的に把握して守備につく。WBCという環境でこうしたプレイができるようになったことは、僕にとって大きな変化なんだ」
WBCでの成長は「プレイオフで同じような環境に立ったとき役に立つ」と話す。それは、セントルイス・カージナルスの選手として目指す戦いの舞台。彼の言葉からは、常に未来への意識が伝わってくる。
◆目標を実現させるためのノート
「毎朝、ノートに3つの目標を書いているんだ。ひとつ目は、その日の生活でクリアしたいこと。〝きちんとベッドメイキングをする〟みたいな…ひとりの人間としての日常における目標だね。
ふたつ目は、その日、野球選手として達成したいこと。たとえば〝試合中に必ず2球はバットの芯で打球を捉える〟とか。そして最後に書くのは、もっと大きな目標…〝夢〟というのがいいのかな。毎朝、そういった目標をノートに書いて、目標を実現できるようにしているよ」
2023年から実践しているという習慣は、WBCを経てスタートしたMLB3年目のシーズンにおいて、自らの助けにもなった。怪我に悩まされ、3度の故障者リスト入り。プレイから離れる日々も続いたが、シーズンを終えてみれば、自身初の規定打席に到達。
◆目標を達成するための近道は“目標を明確にすること”
「ネガティブな状況でも、目標を書き続けることが僕を助けてくれたと思う。『ああしたい』『こうなりたい』という想いを現実にしていくには、考えを頭の中に浮かべているだけではなくて、文字にして書くことが大切なんじゃないかな。
目標を明確にすることが、目標を達成するためのいちばんの近道。あちこち迷ったり寄り道したりせず、まっすぐに進んでいけるから。朝のたった5分のことだけどね」
たった5分、されど5分。その小さな行動の積み重ねが、大きな夢へと自分を導いてくれる。コツコツと粘り強く、結果につなげていこう――そのマインドは、あのペッパーミル・パフォーマンスを思い出させる。
やるべきことをしっかりやる。真摯な姿勢から見えるもの
誰よりも一生懸命で熱く、それでいて自分を見失わないプレイ。礼儀正しく、誰からも愛される人柄。
思わず「You’re perfect!」と声をかけたくなる、私たちを夢中にさせるニューヒーローは「僕は、大谷選手のようにフィールド上でなんでもできる才能にあふれたプレイヤーじゃない。自分がやるべきことを、きちんと全力でやりきる。そういう部分で勝負をする選手だと思っているよ」と冷静に自分自身を評価する。
その手元には、大谷選手からプレゼントされた腕時計があった。
◆大谷選手との約束と、2026年のWBC
——〝2026年のWBCでも日本代表として一緒に戦おう〟そんな約束が込められた宝物。
「選ばれるのならば、次回もぜひ日本代表に入りたい。でもそのためには、選ばれるラインに到達するように自分自身のプレイをしっかり磨いていかないと。今回のWBCも、〝自分はできる〟ということを証明した選手たちでチームがつくられていたと思う。
チームに呼ばれるのは、そこで果たすべき役割があるから。もし再び代表に選ばれたら、また自分に与えられた役割を全力で果たしたい。それこそが、プロフェッショナルとしての僕の仕事のスタイルなんだ」
ブルゾン¥415,800・シャツ¥266,200(フェンディ ジャパン〈フェンディ〉) ユニフォーム¥55,000(MLB公式オンラインショップ〈NIKE〉) 帽子¥6,380(ニューエラ〈ニューエラ〉) 時計/本人私物 その他/スタイリスト私物
◆〝仕事の流儀〟の土台をつくった母
やるべきことをしっかりとやる。そんなヌートバー選手の〝仕事の流儀〟の土台をつくったのは、母・久美子さんだという。
「宿題を終わらせないと遊びに行かせてもらえなかったりね(笑)。僕は、小さなころからスポーツが大好きで、いろいろなスポーツに取り組んできたんだ。『この子はスポーツを通じて規律を学んでいくのがいい』と、母は考えたんだろうね。
練習に行く前にきちんと準備ができているか、時間どおりに練習に参加しているか…いろいろなことを厳しくチェックされたよ。そんな母の教育が、今の僕のスタイルにつながっているんじゃないかな。僕自身、子供ながらにそんな母の想いを感じ取ってもいたしね」
◆母・久美子さんとのエピソード
真面目な話をしていても、母・久美子さんとのエピソードを語り始めると自然に目尻が下がり、顔がほころんでいく。うれしそうに笑う姿を見て、「母・久美子さんのどんなところが好きか」と問いかけると、少し言葉を紡ぎかけたところで、想いがあふれ、彼の頬を涙が伝った。
こちらを気使い、取材中に涙を見せてしまったことに対して「ゴメンネ」と一言置いたあと、目を潤ませながら再びゆっくりと話し始めた。
「母にはとにかく感謝しかない。アメリカという故郷とは異なる土地で、自分のすべてをなげうって、僕たちきょうだいがきちんと育つようにたくさんの愛を与えてくれた。今は親友のような関係だけど、感謝の気持ちでいっぱいだよ。
僕の気持ちを何より奮い立たせてくれるのは、やっぱり家族の存在なんだ。今こうして歩んでいる野球選手としてのキャリアを終えたときも、家族みんながハッピーな状態でありたい」
◆ヌートバー選手にとって、〝働く〟とは?
野球への真摯な想いは、深い家族への愛で満ちている。だからこそ、誰もが彼をまた愛してやまない。そんな彼に、最後にこんな質問を投げかけてみた。
「ヌートバー選手にとって、〝働く〟とは?」
――返ってきた答えは「しっかりと目標にフォーカスして、自分のすべてを注ぎ込むこと」。
夢にピントを合わせ、小さな努力を欠かさず、愛を持ってまっすぐに進んでいく。そんな姿を、私たちはさらに愛さずにはいられないのだ。
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●この特集で使用した商品の価格はすべて、税込価格です。
2024年Oggi2月号「強い存在 Special」より
撮影/YUJI TAKEUCHI(BALLPARK) スタイリスト/久保コウヘイ ヘア&メイク/KOICHI NISHIMURA(VOW-VOW) 構成/旧井菜月
再構成/Oggi.jp編集部