俳優・椎名桔平インタビュー
間違わないことより、人間らしくあれ。「30代からの自分」の築き方
医師、刑事、銀行員… さまざまな職業を演じてきた椎名桔平さん。この夏、新たに弁護士役が加わった。
作品は、裁判小説の傑作『事件』を映像化した同名のドラマ(WOWOW)で、演じるのはその主人公・菊地大三郎。元裁判官であり、自らが下した判決によるトラウマを抱えている。
もがいてきたから人の苦しみを理解できる
「準備期間に、初めて裁判の傍聴を体験しました。法廷は独特の緊張感があるものです。その中で僕は、裁判官や弁護士の居ずまい・佇まいをよく見て、話に耳を傾けて、体に取り込んでいく。
また、弁護士をしている幼なじみには細かい役づくりについてメールで質問を投げかけ、現役の裁判官に遠方まで話を聞きに行って。
そうして感じたのは、どんな肩書きを持っている人でも、立場上険しい表情をしている人でも、背広を脱げばひとりの人間だということでした。間違うかもしれないし、悩むこともある。この気づきは、気負っていた僕を、少しだけ楽にしてくれました。
そして、(演じた)菊地弁護士のように失敗したり悩んだりした経験は、人を理解し信じる力になる。自分がもがいてきたから、罪を犯した人のもがき・苦しみも理解できる。そんなふうに思いましたね」
本当の才能は、10年やってみないとわからない
最新ドラマの主人公について話しながら、自身にも「もがいていた」時期があったと、椎名さんは打ち明ける。けれどそれは、暗くてつらい体験というよりも、今につながる「大事な過程」だったという。
「子供のときからやっていたサッカーをやめ、役者を目指したのが21歳のときでした。唐十郎さん、つかこうへいさんなど、勢いのある演劇を観て衝撃を受け、舞台の魅力にのめり込んでね。
とはいえ、すぐには仕事にたどりつけず、裏方仕事や付き人をしたり、ときどき海外を放浪したり。いわゆる修業時代です。もちろん、俳優だけでは食っていけないから、アルバイトをしながらね。
いちばんよくやっていたのは、トラックの運転手でした。ほかにもいろいろやったけど、そのころは接客業はしないほうがいいと決めていたんです。お客さんごとに、感情や対応を合わせることになるから、自分を内から築く俳優業の妨げになるんじゃないかと思って。
それに、アルバイトは頑張っていたけど、本業になってしまったら本末転倒。31歳までに俳優として生活できない状態だったら、きっぱり別の道に行こうと考えてました。
本当の才能は10年はやってみないとわからない。職人の世界と同じですよ。それに10年間ひとつのことに向き合ったことは、大きな自信になるし、どこかで認めてくれる人が現れるものです」
椎名さんにとってのチャンスは、10年を迎える少し前に訪れた。映画出演の切符をつかみ、それをきっかけに映画・テレビへと躍進していく。
「もし、今仕事が楽しくないと思っている人がいたら、10年打ち込めることを見つけて、向き合ってみればいい。2年や3年やっては辞めて、という繰り返しが、いちばんもったいないですよ」
間違えたり悩んだりしながら、自由や責任というものを学んでいく
法廷での答弁シーンは、ドラマの観どころのひとつ
冒頭で椎名さんが話した、『連続ドラマW 事件』での菊地弁護士の「人間らしさ」と「もがき」だが、法廷での答弁シーンにおいて、大いに発揮される。長尺で圧巻の語り――特に最終弁論は、ドラマの観どころのひとつだ。
「長いセリフを覚えるときはね、自分で録音したものを聞いたり、紙に書き出したり、もう必死です。もっといい方法があるなら、教えてほしいくらいです。
本番では気が抜けないし、緊張感はありますが、セリフを間違えないことより、全力で気持ちを乗せていくことのほうが大事です。そうでなければ、観る人に伝わりません」
その最終弁論では、罪を犯した人に対して寛容さを示し、希望ある未来を後押しする。そして最後に「人間は間違えるものだから。私だって…」と付け加える。
30代はやりたいこと、思いっきりやりなさい
「そう、人間は間違えるもの。もちろん犯罪は絶対にダメですが、だれもが、間違えたり悩んだりしながら、自由や責任というものを、学んでいくのだと思います。僕の30代だって…。
あのころは、とにかくよく働いて、よく遊んで、飲んで。体力の限界まで仕事に没頭し、それでも先輩の話が聞けるなら喜んで酒の席にも参加して。今の30代は、そういうこと、あまりやらないのかな(笑)。
でもね、あえて言います。30代はやりたいこと、思いっきりやりなさい。羽目を外しなさい。そうやってようやく40代で落ち着いて、50代でまた若い人と同じことを楽しむのもいいものです。
料理をつくって少しでも見映えのいいように盛り付けて、インスタに載せるなんてね(笑)。自分もやるとは思ってませんでしたよ。そしてゆくゆくは、都会を離れて暮らすのもいい。季節ごとのうまいものがあって、小さなスナックでもあれば、最高かな」
WOWOW『連続ドラマW 事件』
スナックを経営する坂井葉津子(北 香那)の死体が発見され、上田 宏(望月 歩)が殺人・死体遺棄の容疑で逮捕された。宏の弁護をするのが、過去にトラウマを抱える弁護士・菊地大三郎(椎名桔平)。裁判が進むにつれ露見する意外な事実とは。
8月13日(日)スタート 毎週日曜午後10:00放送・配信(全4話)
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2023年Oggi9月号「この人に今、これが聞きたい!」より
撮影/石倉和夫 スタイリスト/中川原 寛(CaNN) ヘアメイク/石田絵里子 構成/南 ゆかり
再構成/Oggi.jp編集部
椎名桔平(しいな・きっぺい)
1964年生まれ、三重県出身。1993年公開の映画『ヌードの夜』で注目を浴び、’90年代半ばからはテレビドラマにも多く出演。主な出演作に、映画『金融腐蝕列島 呪縛』『アウトレイジ』『新宿スワンⅡ』『仕掛人・藤枝梅安』、連続テレビ小説『春よ、来い』ドラマ『Age,35 恋しくて』『永遠の仔』『コード・ブルー–ドクターヘリ救急救命-』シリーズなどがある。