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売り手市場のロンドンでフラット探し
家探しに苦戦している。Airbnbで1ヶ月間借りた部屋の滞在期限はもう半分を切っていた。コロナに倒れてスタートダッシュを切りそびれた私に、次の家はまだない。
いくつか内覧に行き申込みまでしたものの、出遅れたりリファレンスで負けたり、ぜんぜんうまく進まない。リファレンスというのは、勤務証明や前の大家からのレターなど、支払い能力の裏付けのこと。渡英したばかりかつ会社員でもない私に強いリファレンスがあるわけもなく……。
ただでさえ現在のロンドンの賃貸は売り手市場なのだ。
とはいえ、今思い返せば東京での家探しも存分に苦戦した。学生時代は親を保証人とする前提で契約を進めていたので幸い問題はなかったけれど、3年ほど前に引っ越しをした時にはあれこれと理由を後付けされて審査に回してもらえない物件があった。
自営業は信用がない。東京でもこんな感じなのだから、移民として暮らすロンドンでうまくいかないのは当然なのかもしれない。
ロンドンのTUBE(地下鉄)の料金はZONE制になっていて、Cityに近いエリアがZONE1、数字が大きくなるほど中心部から離れていくイメージだ。
滞在中のAirbnbは東寄りのZONE2。近年イーストロンドンは“若者の街”として、アーティスティックでおしゃれなエリアとされているのだ。東京でも最近、墨田区や台東区などの東エリアが再注目されているけれど、そんな感覚と近いと思う。
中心地からの利便性は悪くないし、せっかくだからロンドンの新しい若者カルチャーに触れて暮らすのも楽しいかもと思い、このエリアに宿を取った。だけど今、フラットを探していく中で東側は食指が動かないでいる。
ヘイトをぶつけられると頭が真っ白になる
理由はわかっている。コロナだと判明する直前、ぼんやりする頭でスーパーに買い出しに出かけた時のことだ。小柄なブラックのティーンエイジャー(たぶん中学生くらいだった)の男の子に、日曜日の真昼間の街中で因縁をつけられたのだ。
ショーウィンドウが開放的な広めのリサイクルショップの中で、彼は私の目をまっすぐ捉えて何かを捲し立てた。AirPodsで病院に電話をかけようとしていた私は、嫌な予感がして、すぐに目を逸らして店を出ようとした。すると彼は「聞けよ」と言わんばかりに(言っていたのかも)私の左下腹部あたりをこづいて、また何かを捲し立てた。
きっとすべてが数秒の出来事だった。
軽くではあったが、悪意を持って接触されたことがとてもショックで何を言われたのかはまったく頭に入ってこなかった。彼はアジア人に対するヘイトをぶつけているようで、目を見開いた私の前で喚き散らすと、すっきりしたようなどこか安堵したような表情で立ち去って行った。
頭が真っ白になって、でも瞬時に怒りが湧いた。彼は私が非力そうなアジア人の女だったから、“勝てる”と判断したからパンチしたのだ。被害者としての正しい振る舞いは、これ以上彼を刺激しないようすぐにその場を去ることだというのもすぐにわかった。
彼が同じことを繰り返しているのかどうか私には知りようがないけれど、私が正しい被害者(そんなもの本来あるはずないけれど)として振る舞ったら、彼はそのまますっきりとした気持ちになって、またいつか誰か勝てそうな弱い女を相手に同じことをするのだろうと思った。
店内を進む彼の背中に向かって、私の中にある数少ない語彙から罵り言葉を絞り出して叫んだ。イギリスに来て一番大きな声を出したと思う。店内にいる他のお客さん(何人か普通にいた)が目を丸くするのを視界の端で捉えつつ、足速に店を出る。追いかけてきて、引きずり倒されたらどうしよう。
でも誰も追いかけてこなかった。
本当にすべてのことが数秒のうちに起こっていたと思う。あの時、私はどうするのがよかったのか何度も思い返すけれど答えは出ない。ただ、何度考えても防ぎようがなかった。
Stranger in London
東京で暮らしていた時は、こういう“勝てそうだから”八つ当たりされるような経験がほとんどなかった。私は日本人女性の中では背が高くて、服装や髪型を含めて強そうなタイプだから。だけど、ロンドンで暮らす私は別段大きくもないし、攻撃力も高そうではない。そして何よりよそ者だということを思い知らされた。
Airbnbで同居する大家のCarmenはブラックの女性で、すごく優しくて親切で、あたたかい人だ。自分と同じ日本人にだって好きになれる人とそうでない人がいる。
地域の治安が住んでいる人によってジャッジされるのはおかしいと思うけれど、彼に小さな攻撃をされたことによって、いわゆる“治安のいいエリア”を選びたいと思うようになったし、心がとっても疲れてしまった。ヘイトを直接ぶつけられるというのはしんどいことだ。
I’m a stranger in London. わかっていたけれど、なかなか苦しい出来事だった。
#5につづく
小西 麗
1993年生まれ。日本女子大学卒業。モデルを経て、編集者・ライター。雑誌媒体を中心にインタビューや特集記事を作成。「男性同士のアツい関係」の意であるブロマンス好きが高じて、コラムの寄稿も。2022年、YMSビザで渡英。現在ロンドン在住。
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