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断捨離できないから、イギリスに行くのかも
スーツケース1つで単身渡英。
そんなの嘘だ。無印で買ったXLのソフトスーツケースに、Longchampの拡張できる超特大バッグ、IKEAの大きな簡易リュックサック、最後に機内持ち込み用のバックパックを抱えて、ぱつんぱつんの私は成田空港を発った。
荷造りをしていたときは、断捨離をしている気持ちだったけど、私はむしろ、何も捨てられないからロンドンに行くのかもしれない。まだ、何か1つを選ぶために何かを捨てることができない。「外国に住んでみたい」という無邪気な欲望と、少しずつ積んできたはずのキャリアや信用、人間関係。
イギリスに住むためなら、東京で得たものをすべて失う覚悟だ! と言ったら、それも絶対嘘になる。私が渡英する決断ができたのは、辞める“会社”がなかったことも大きい。
とはいえ、企画ごとに声を掛けられるフリーランスのライターはいくらでも穴埋めがきくから、2年後戻ってきたときに入り込む隙間はあるのかと不安にもなる。帰ってきてからのことは、帰ったときに考えればいい…… とは思えない質なので、「リモートでできる案件をください!」「英欧州圏で何かあればぜひ!」と関係各所へ初めて営業に回ることになった(その甲斐あって、今この日記を書いている)。
大学を出てから、紆余曲折。会社員を経ずに個人事業主としてこの仕事をスタートしてしまったから、自分が編集やライター以外のことで役に立てるのか正直自信がない。「仕事というのはみんなそうだよ。私も他の会社ですぐ同じように働けると思えない」と会社員(※就活をしなかったから、他業種に対する解像度が低い)の友だちに励まされたことがあるけど、本当にそうなのか? 言いようのない不安は到着するまできっと消えないから、長いフライトはとにかく寝ることに徹した。
ドライバーのインド英語が聞き取れない
ロンドンは着いてしまえばあっけなくて、これから2年も暮らしていくなんてなんだか実感がなかった。空港からシティまで直通の特急に乗って、パディントン駅で配車アプリを立ち上げる。ようやく捕まえた1台のドライバーから電話がかかってくるも、ぜんぜん聞き取れなくて、インド英語の洗礼を受ける(要するにキャンセルの電話だった)。無事に乗り込んだ別のタクシーは、人工的な甘い匂いがした。窓の外はロンドンらしからぬ晴天だったけど、くたくたで寝不足の身体とゆるんだ心のせいでちょっと車酔いをした。
これから1ヶ月滞在する部屋は窓に面した、天井の高い赤い部屋。Airbnbの同居大家であるCarmenはフレンドリーで優しい人だ。ざっとフラット(イギリス英語でアパートやマンションのこと)のルールを聞いたら、荷解きもできないまま、ベッドに沈んだ。自分が思っていたより気を張っていたみたいで、身体がぐんぐん重たくなる。長時間のフライトに加え、ずっと重たい荷物を引っ張り回していたから腰が痛い。着いたらすぐにやらないといけない手続きがあるし、連絡したい人もいるけど、まだ、これからに思いを馳せる余裕がないや。
“良いもの”にお金をかけて自分の機嫌をとる
イギリスはフラットシェアが基本だというのは覚悟していたけど、個室に鍵がないことにちょっとビビる。もう一人長期滞在しているというアジア人の男の子も静かに暮らしていて、居心地がいい家だと思う。とはいえ、他にも滞在者がいるなんて聞いてなかったし、個室のドアは建て付けが悪く、開けるたび体当たりが必要だ。シャンプーを洗い流すたび、ぬるーいシャワーの水圧があんまり弱くて、ちょっと心が折れそうだ。
東京では、自分の家の住居環境を良くすることに魂を燃やしていた。快適な部屋づくりのポイントは、住んでいる人数×1.5倍のサイズの家具を置くこと。
少しずつ集めたデザイナーズ家具、ベッドはこだわりのエアウィーブ(セミダブル)だし、ドライヤーはリュミエリーナ、ハンガーは全部MAWAに、シャワーヘッドはナノバブルに付け替えた。ドラム式の洗濯乾燥機に小さな食洗機、タイマー付きのお掃除ロボット。大画面でないと置く意味がないと購入した49型テレビには、Blu-rayレコーダー(宅外視聴もできるDIGA)とFire TV Stickが接続されていた。
家で仕事をするから、過ごす時間の長い家の環境はすごく大事。課金に言い訳するように、繰り返し唱えたセリフだったけど、それによって救われた日はたくさんあった。
ファッションも美容もインテリアも、なんならガジェットも好きだ。自分で選んだ“良いもの”に適正な対価を払い、自分の機嫌をとる生活が大好きだ。だけど、いろんな意味で同じ暮らしがこの地でできるとはとても思えない。ただでさえ物価がぐんぐん上昇しているイギリスだし、円安は加速して今や1£=170円を超えてしまった。現に、この仮住まいが日本円にして家賃月15万するのだ。
おい、私、ロンドンで本当に楽しく暮らせるのか?
#3につづく
小西 麗
1993年生まれ。日本女子大学卒業。モデルを経て、編集者・ライター。雑誌媒体を中心にインタビューや特集記事を作成。「男性同士のアツい関係」の意であるブロマンス好きが高じて、コラムの寄稿も。2022年、YMSビザで渡英。現在ロンドン在住。Twitter