生きるために闘う女性の声に耳を澄ませて
コロナ禍で普通にできていたことを自粛する時代を共に乗り越えようとしている私たち。思ったように行動できず、なんとなく過ごす日々にうんざりしている… という人も多いと思います。
そんなアナタへ、今回書評家の石井千湖さんがおすすめするのは『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』。
さまざまな問題を乗り越え強く生きる女性達に力をもらえるはず。
あなたの中にもあるかもしれない「牢獄」を追い出すことができるか
『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』
2020年はコロナ禍によって世界が激変した。きっと後世にはそう記されるだろう。いつになったらこの閉塞状況から抜け出せるのか。だれにも答えがわからない問題に直面しているときに、藤本和子の『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』は復刊された。アメリカ文学の名翻訳者である藤本さんが、ʼ80年代に黒人女性の話を聞き書きした本だ。初版にはない一編を増補したという。
藤本さんが話を聞いたのは、人種差別に対する怒りをバネにして臨床心理医になったジュリエット、子供の世話や料理人をしてほとんど100歳になるまで働いていたアニーなど、さまざまな背景をもった女性たち。中でも印象深いのが「女たちの家」と呼ばれる、町の中にある刑務所で出会ったウィルマという受刑者のエピソードだ。殺人罪で14年服役して仮釈放になったウィルマは〝わたしは牢獄を出たけれど、わたしの中の牢獄をまだわたしから追放することができないのよ〟と言う。それから「わたしの中の牢獄」という言葉にふさわしい、苦渋に満ちた半生が語られていく。
ウィルマは母の死後まもなく義父に家を追い出され、住む場所と安全を得るために16歳の若さで結婚。しかし、やがて夫は浮気と暴力を繰り返すようになってしまう。彼女が夫の愛人を殺すまでの経緯は凄絶で、簡単に共感できるものではない。ただ、罪を犯し、すべてを失った人の「きょうをまだ生ききってもいないのに、明日のことを考えるのは愚かしいように思えるから、一日ずつひとまず生きてみよう。わたしの中の牢獄を追い出すことができるまでは」という言葉に撃ち抜かれる。
この本が書かれて30年以上経った今も差別や暴力はなくなっていないし、悲しい出来事は起こり続けている。でも、自分の中にもある「牢獄」を追い出すことができるまで、とりあえず今日を生ききってみようと思う。
『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』(ちくま文庫)
著/藤本和子
1980年代、アメリカで暮らしていた著者が黒人女性たちの話に耳を澄まし、思いを書きとめた一冊。著者が訪れるのは、刑務所の臨床心理医、テレビ局のオーナーといった働く女性から、刑務所にいる女性たちなど、黒人や女性に対する差別や困難にあう人々。生き延びるための言葉に、私たちは何を思うか。
2021年Oggi2月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。