年齢や経験を重ねた上での〝自由さ〟が醸す艶には敵わない
見た目や所作が色っぽい、というだけでは説明がつかないほどの色気を醸し出す女性っています。内面からにじみ出るような色気、その正体を探る本をご紹介!
大人の男女の会話が色っぽい長編恋愛小説
『平場の月』
大人の色気という言葉には、太陽より月が似合う。朝倉かすみの山本周五郎賞受賞作『平場の月』は、50歳の男女の恋愛を描いた長編小説。登場人物の年収から健康状態までものすごくリアリティがありながら、儚い美しさも感じる。なんといっても主人公の青砥健将と須藤葉子が魅力的だ。
青砥と須藤は中学の同級生で、35年ぶりに再会した。かつては結婚していたが、今はどちらも独身。「どうってことない話をして、そのとき、その場しのぎでも『ちょうどよくしあわせ』になって、お互いの屈託をこっそり逃す」ために会う。彼らは須藤が大腸がんを宣告されたことがきっかけで恋人同士になるが…。
ときめきから始まった関係ではないのにふたりの会話は色っぽい。たとえば、須藤が死別した夫について酒乱なのは知った上で結婚したと語るくだり。青砥が「わたしなら救ってあげられるわ、みたいなやつか?」と聞くと須藤は「や。単に好きだったから。どうしても欲しかったんだ」と答える。飾り気のない言葉が胸に響く。その後に打ち明ける痛い恋の話もいい。
若いころは、自分を実際より素敵に見せようとして焦ってしまいがちだ。須藤は経験を重ねていくうちに余計なプライドを捨てられたのだろう。他人の目に左右されない正直な言動がセクシーさに繫がっている。そして安アパート暮らしでも、過去に傷があっても「須藤の値段は下がらない」と思う青砥に、共感せずにはいられない。
『平場の月』(光文社)
著/朝倉かすみ
青砥は年収350万円弱の会社員、須藤は年収200万円に届かないパートタイマー。孤独な生活を送るふたりは気軽に話をするだけの「互助会」を結成する。奇妙な友情は恋に変わるが、やがて別れが訪れて…。アラフィフの恋愛をリアルかつ切なく描いた長編。
年下の男に貢ぐ芸者の本能に素直な色気に学ぶ
『老妓抄』
漫画家・岡本一平の妻で、芸術家・岡本太郎の母としても知られる作家・歌人、岡本かの子の短編集『老妓抄』の表題作も、大人の色気とは何かを学ぶのにいい小説だ。主人公はベテランの芸者・小その。長年ひとりで頑張って一財産を築き上げた彼女は、家に出入りする電気器具屋の青年と徐々に親しくなり、発明家になる夢をもつ彼を経済的に援助するようになる。要するに、自立した大人の女が年下の男に貢ぐという話だ。
男は恋人ではないにもかかわらず、自分の世話をしてくれる小そのから逃げようとする。でも彼女は、それにもまったく動じない。老いて自由になった女の凄みが感じられる一編だ。末尾を飾る
〈年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり〉
という短歌が鮮烈な印象を残す。
『老妓抄』(新潮文庫)
著/岡本かの子
女性の性の嘆き、没落する旧家の悲哀などを追求した作家であり、歌人でもある著者の代表的な短編集。表題作のほか、鮨屋の常連客が母にまつわる不思議な思い出を語る「鮨」や、彫金師の老人がどじょうを好んで食べる理由に驚く「家霊」など全9編。
2019年Oggi10月号「『女』を読む」より
撮影/よねくらりょう 構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。