読書こそ、ドロッとした人間らしい部分を解き放てる場所!
友人や同僚の失敗談や失恋話は親身に聞けるのに、仕事の成功や結婚などの幸せ話は素直に喜べず、人と比べる自分に嫌気が…。そんなあなたが読むべき本は?
他人の不幸は蜜の味?嫉妬を生々しく描いた短編集
『あなたの不幸は蜜の味 イヤミス傑作選』
嫉妬や羨望にさいなまれ、他人の幸せを心から祝福できないということはだれにでもある。ただ、自分の中に隠しもっている黒い感情を現実の人間関係で表に出すことは難しいから、せめて本を読んでいる時間だけでも思いきり解放してみよう。
宮部みゆきなど6人の女性作家の短編を収めた『あなたの不幸は蜜の味』は、人間のイヤな部分を生々しく描いたミステリー(イヤミス)の傑作を選りすぐった一冊だ。
たとえば小池真理子の『贅肉』。完璧な美貌と豊かな才能に恵まれた姉が、傷つき壊れていく過程を見守る妹の話だ。主人公は幼いころからコンプレックスを抱いていた姉に助けを求められて暗い喜びを覚えるが、姉を陥れたり攻撃したりすることはない。両親も周囲の人々もみんな善良なのに、恐ろしい結末が待っている。
底意地が悪すぎて思わず笑ってしまうのが乃南アサの『祝辞』だ。主人公はもうすぐ恋人と結婚する予定の男性。かわいくて甘えん坊の恋人にはしっかり者の親友がいて、ふたりを祝福してくれたが…。出席した結婚式でこんな惨劇が起こったらと想像すると戦慄する。友達に対するストレスが溜まったら、無理してつきあい続けず、離れる勇気も必要だ。
『あなたの不幸は蜜の味 イヤミス傑作選』(PHP文芸文庫)
著/宮部みゆきほか
地方に住む30代女性の閉塞感が身につまされる辻村深月『石蕗南地区の放火』、不倫していた上司と一緒に暮らせることになった主人公に忍び寄る影を描いた沼田まほかる『エトワール』など6編を収録。後味が悪く、イヤな気分になるミステリー(イヤミス)を集めたアンソロジー。
身体にまつわる偏見をメッタ斬りにするエッセー集
『どうせカラダが目当てでしょ』
他人と自分を比べなければ落ち込まないとわかっていても、比べずにはいられない。それはあなたの性格の問題ではなく、世の中が人間の容姿やステータスを比較して競争を強いるようにできているからだろう。
『どうせカラダが目当てでしょ』は、奪われた自尊心を取り戻したいときに頼りになるエッセイ集。女同士の関係を鮮烈に描いた短編小説集『完璧じゃない、あたしたち』でブレイクした王谷 晶が、身体にまつわる偏見をメッタ斬りにしてくれる。
特に手について語った「自分と握手する方法」はぜひ読んでいただきたい。ここで王谷さんは自分がうつ病になったときのことを振り返っている。ある日突然、手を使えなくなり、歯を磨くことすらできなくなった王谷さんが「自分をいたわる手」を取り戻すくだりは目頭が熱くなった。だれもがこんなふうに自分の身体と向き合って愛することができるようになったら、他人と比較して傷つくこともなくなるはず。
『どうせカラダが目当てでしょ』(河出書房新社)
著/王谷 晶
なぜ「髪は女の命」と言われるのか。派手なネイルアートを憎むのはどんな人か。「男脳・女脳」というものは本当にあるのか。世間によってカラダに貼りつけられたレッテルをはがし、ありのままの自分を愛する方法を考察する。気鋭の小説家の痛快なエッセイ集。
2019年Oggi11月号「『女』を読む」より
撮影/よねくらりょう 構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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石井千湖
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。