仕事にプライベートに、悩みの尽きないアラサー女子。頑張り過ぎて疲れていませんか? そんな私たちの気持ちに寄り添ってくれ、思わず共感してしまう本を3冊ご紹介します。
紹介してくれるのは、斬新な切り口で女性の生き方を語るエッセイスト・紫原明子さん。読んだ後、ちょっぴり元気になれる本に出会ってみませんか?
最終回の三冊目は『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)という小説です。
女と男のそれぞれの役割
お客さんは神様だぞ、なんて決して思わない。
けれども、お客であるこちらが若い(※30代半ばが若いかどうかという議論は別として)女であるというだけで、たまに少しおかしなことが起きる。
「運転手さん、○○までお願いできますか」
タクシーに乗り込んで目的地を告げると、こんな風に返ってくることがある。
「あー、そこね。どのルートで行きたいの」
あるいはこんなときも。
「それどこ? わかんねぇなぁ」
百歩譲って、運転手さんが生粋の江戸っ子だったりして、万人にいつもこういう調子なのだろうと思えれば別に嫌な気はしない(実際、私は過去に一度、乗車したタクシーの江戸っ子運転手さんに“お客さん、気分がいいからお土産だ~”と浅草の有名店の大学芋をプレゼントしてもらったこともある。いい人だった)。
けれどもそうでなくて、普段はちゃんと敬語を使っているだろうに、相手が若い女とわかるやいなや途端に舐めたタメ口を使ってくる運転手さんには、一体どういうことだよ? と思う。男性と二人で乗っていて、男性の方には敬語で話すのに私の方にはそうでない場合だってある。
「そういうときはこちらもタメ口で返せばいいんだよ、相手がびっくりするから」
先日、親しい友人からそんな貴重な意見をいただいた。なるほど、タメ口返し。
若い女は、たとえお客であろうと自分より下の存在だからタメ口をきいてよく、年上の男である自分は女より上の存在だから、敬語を使われて当然。そんな思い込みがふいに打ち破られた運転手さんは、多くの場合そこからコロっと態度を変えて、途端に敬語になるそうだ。
女はこうで、男はこう。
私達は日々大なり小なり、また良かれ悪しかれ、性別によって与えられたさまざまな役割を背負い、背負わされ、生きている。
田舎に住む男の人間関係と葛藤
『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)は、九州北部の田舎町に暮らす翼(男性、32歳)と、その周囲の人たちを描いた物語だ。実家暮らしの翼は父と二人暮らし。
母は11年前、大酒飲みで威張りん坊の父に愛想を尽かし、家を出ていった。あるとき翼の父は、隣家に住む田中絹江(御年80歳)が、毎日ひとつずつ柚子を盗んでいると翼に訴え、憤る。父の被害妄想ではないかと疑う翼だが、ほどなくして決定的な瞬間に遭遇するー。
■性別によって役割を決められてしまう
お菓子作りが趣味で、酒も大して飲まない。子どものときから一貫して「なよなよしている」「男らしくない」と言われ続けてきた翼。だけどそんな翼は勇敢にも、物語を通して二つの大きなしがらみと、静かに戦っている。
ひとつは、“男女の役割”というしがらみ。男は豪快に酒を飲むもの、女はそんな男にかいがいしくお酌をしてまわるもの、といった、何の根拠もなく決められ、強いられる役割。
周りの人間の多くが当然と思い、疑おうとしもしないそれを翼は決して賛同せず、また他者にも求めない。特に「九州の男」というプライドを持つ人も少なくない地域に暮らしながら、翼のようなキャラクターは稀だ。
■他人をけなしあって生きている
翼が戦っているもうひとつは「田舎」というしがらみだ。田舎に住むことの不便さを、あるシーンで翼はこんな風に表現する。
“俺にとって田舎に住んでいるということは、多少の不便を伴うが、恥ではない。そして「不便」とは、買い物をする場所が限定されているとか交通の便が悪いとかそういうことではなくて、他人のわけのわからないプライドの保持のために利用される、ということだ。”
子供よりはるかにお年寄りの多い過疎の進む田舎町には、なんとも言いようのない独特の閉塞感がある。滞留して気分が晴れないよどんだ空気を、少しでも逃がして楽になれる突破口を、誰もが絶えず探している。そして多くの場合、その格好のターゲットとなるのはバツイチの女性や、妻に逃げられた男性といった、あるべき型からはみ出してしまった人たちだ。そんな人たちを笑ったり、噂したりすることで、そうでない誰かのプライドが保持される。
『大人は泣かないと思っていた』が教えてくれること
残念なことにこの本の中で描かれる光景と似たり寄ったりのしがらみは、九州に限らずとも、もっといえば田舎、都会を問わずとも、私達の社会に未だ根強く残っている。だからこそ飲み会で目の前に置かれたサラダを前に頭をもたげる。果たして女性の私が、これを取り分けるべきなのだろか、と。
本当は性別で決定づけられる役割なんてないということや、他人を利用してプライドを守り合う不毛な戦いに、誰もがうんざりしていることを、幸いにも私達は、最近ようやく気づきつつある。
それに伴って、社会の当たり前も、少しずつだけど変わり始めている。……だとすると今度は、自ずと過去に自分の犯してきた罪とも、嫌が応にも向き合わなくてはならないことになる。男性に男らしさを求めたり、自らの女らしさを利用しようとしてみたり。
多かれ少なかれ、私達はみんな社会の当たり前に乗っかってきて、当たり前だからと、無自覚に誰かを傷つけてきたのだ。そのことに気付いてしまったとき、多くの人は次の葛藤を抱えることになる。
“私達はそこから先、どうやって人と関わっていけばいいんだろう?”
この本の素晴らしいところは、中心人物である翼の姿を通して、私達にまさに今後どのように関わっていくかを与えてくれるところなのだ。自分が何者であるかということとは無関係に与えられた役割や、周囲の人たちとの摩擦に苦しんでいる人。あるいは、自分が他者に及ぼす影響に臆病になるあまり、人とうまく関係を結べない人に、ぜひ、読んで欲しいと思う一冊だ。
漫画や小説を通して
行き詰まったときこそ、自分以外のものに目を向けてみること。自分と他者との関係を俯瞰して見てみること。そういったところに、思わぬ突破口が眠っているかもしれません。そして漫画や小説といった擬似的な世界は、いつも私達に新しい視点を与えてくれます。
今回の連載はこれでおしまいですが、今回ご紹介した素晴らしい3作、皆さんがこれから先、ふいに思い出したタイミングで、ぜひともお手にとっていただけると嬉しいです。ぜひまたお会いしましょう。
『大人は泣かないと思っていた』寺地はるな
発行:集英社
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紫原明子
エッセイスト。1982年生まれ。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。2児のシングルマザー。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)がある。