人生の大先輩に倣う逆風に立ち向かう強さ
働く女性に本当におすすめしたい一冊があります。2017年の年間ベストセラー(トーハン・日販・大阪屋栗田調べ)に輝いた佐藤愛子さんのエッセイ本『九十歳。何がめでたい』。
もう多くの人が読まれているかもしれませんが、まだ読んだことのないという人はぜひ手にとってほしい。
大正12年生まれの佐藤愛子さんは、エッセイの名手としても有名です。今の時代、おそらく多くの読者の年齢は、2倍も3倍も掛け合わせてやっと佐藤さんに追いつくかどうかではないでしょうか。
身の回りで起きた出来事やニュースをみて感じたことを徒然なるままに綴っていくユーモラスなストーリーが展開される『九十歳。何がめでたい』は、もともと週刊誌『女性セブン』で佐藤さんが約1年に渡って連載されていた話題のエッセイを単行本化したもの。
佐藤さんが生きてこられた年月とは時代こそ違いますが、誰の人生でも起きる可能性を秘めているような事件や苦労話に込められた本音と怒りは、20代30代の女性にとって、生き方のヒントを与えてくれるような地図のような本です。
誕生日を祝われることはまだ嬉しいと思う反面、生きていくうえで感じる煩わしさが年々増えていっているようにも感じる悩める年ごろの私たち。この厄介な感情がこれから先もずっと続くのだろうかと思っていた筆者の心に、この本の中で出会った佐藤さんの考え方はとても痛快に響きました。
九十歳の大先輩・佐藤愛子さんが苦境をどのように迎え撃ってこられたのか、本の中で紹介されている印象的なエピソードから紹介します。
事件は突然に! 無言電話がかかってきたら…
たまに恋に落ちるのは素敵ですが、事件に遭遇するのは困りもの。できれば避けて通りたいところですが、なかなかそうもいきませんよね。もし、あなたの自宅に無言電話がかかってきたとします。それも毎日。あなたならどうしますか? 佐藤さんの場合はこうでした。
警察にテキの電話番号を突き止めてもらい、無言電話をかけた
このやり方がいいか悪いかの論争は置いておくとして、その果敢な行動力には驚くばかり。とても真似はできませんが、やられっぱなしで終わらせない佐藤さんの強さに驚嘆させられました。
私は勇躍して我が家へ帰ると、コートを脱ぐ間も惜しんですぐにその番号をプッシュした。三回ばかり呼び出した後、
「ハイ、もスもス」
と男の声が出て来た。
引用:「九十歳。何がめでたい|懐かしいいたずら電話」より
まるでサスペンス映画のワンシーンを見ているかのようなハラハラする展開です。相手の加害者は青森の男性だったそう。筆者を含め、きっと多くの女性は「陰湿な人には関わらないのが一番」だと、波風を立てない方向へ進むと思うのですが、佐藤さんはその真逆を行く戦法をチョイスします。
それから何日か、暇を見てはそれを行った。一人暮らしなのか、いつも同じもスもスが出てくる。そして無言電話はかからなくなった。私は被害者から加害者に転じたのである。
引用:「九十歳。何がめでたい|懐かしいいたずら電話」より
強すぎますね! 嫌がらせやイタズラなんて、加害者も被害者も何一つプラスになることなんてないのですが、佐藤さんは懐かしい思い出としてこのいたずら電話エピソードを紹介していました。
たいていのことは時間が解決するとはよく言ったものですが、どのようにその時間を過ごすのかでも、見えてくる世界や結果はまた違ってくるのかも。
新聞の『人生相談』に反論。90年の人生、ここにあり!
最後にもうひとつ興味深かったエピソードを。なんと佐藤さんは新聞の『人生相談』の愛読者なんだそうですよ。
佐藤愛子ファンのひとりとしては「ぜひとも、佐藤先生に人生の相談に乗ってほしい!」と思うわけですが、彼女は本の中で、勝手にエキサイトして投げ出してしまうとか、相談者を怖がらせて慄えさせてしまうと、自身の性格を自己分析されていて、人生相談の回答者には向いていないと結論づけておられました。でも恋愛がらみエピソードに対しては、その回答が切れ味抜群だったので紹介します。
ある日の読売新聞の『人生相談』。20代の看護師が、20歳以上年上の会社経営者と恋仲になったものの、家族に反対されているというシチュエーション。「覚悟と勇気をもって、彼と添い遂げたいという意思を誓ってください」という、掲載されていたやさしい回答に対して、佐藤さんは鋭い切り口で反論されています。
いや、これはむつかしい。私は思う。歳月は覚悟も勇気もなし崩しにしてしまう容赦ない力を持っている。私は九十年の人生でまざまざとそれを見てきた。恋も熱病である限りやがては熱が下ることも。それが人間というものであり、「生きる」とはそういうことなのだ。
引用:「九十歳。何がめでたい|覚悟のし方」より
90年の人生、ここにあり! の瞬間です。
相談者である20代の女性看護師にも、一切の忖度なしで切り込む佐藤さん。こんな風に本音を言ってくれる人が近くにいるかどうかは、女性が幸せな選択をできるかどうかと密接な関わり合いがあるのではないかと勝手な分析をしてしまったのは筆者だけでしょうか。
時間の流れは数字の上では平等であっても、妙齢の女性にとっては、ある意味でその価値が異なる場合が多いように感じます。恋愛本ではありませんが、心に響く言葉がたくさん詰まっているので、盲目的な恋に落ちて失敗が続いている女性にもオススメ。
たとえ後悔し苦悩する日が来たとしても、それに負けずに、そこを人生のターニングポイントにして、めげずに生きていくぞという、そういう「覚悟」です。それさえしっかり身につけていれば、何があっても怖くはない。
引用:「九十歳。何がめでたい|覚悟のし方」より
うん、やっぱり佐藤さんに相談したい!
佐藤愛子さんの90年の生きてこられた歳月が持つ意味の重さと共に、胸に突き刺さる言葉がたくさん散りばめられている本でした。
◆『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子著
初出:しごとなでしこ
朝岡真梨
50か国・200都市を超える海外旅行経験をもとに観光スポットやグルメなどの紹介をしている。料理が得意で独自のレシピも執筆中。夫婦で温泉ソムリエの資格を取得し、国内のみならず世界中の温泉旅行を楽しんでいる。ブログ「遊んでばかりのスナフキン(https://asosuna.com/)」が人気。キャラクター研究家としても活動中。Instagram:@yans_publisher