母親の価値観の呪縛をほどいたら…
私が30代だったときの2大事件は、32歳で作家の白川道(とおる)と恋に落ちたことと、37歳で総合月刊誌『新潮45』の編集長になったことです。
20代まで私は母親の価値観にとらわれていて、母親が敷いたレールの上を順調に歩んでいました。25歳で母親が好きなタイプの素敵なお坊ちゃまと結婚もしたんですが、29歳で離婚することになって、すごくがっかりされました。
さらに、その次に出会ったのが、19歳年上でムショ帰りの白川。麻雀や競輪などのギャンブルはするわ借金はあるわで、母親にとっては信じられない選択だったのでしょう。でも私は白川のことが大好きだったし、彼と一緒にいることで、それまで背負ってきた価値観を一度ガシャッと壊して自分の価値観を築き直すことができた。それからは、「人からどう思われるか」と気にすることなく、自分でものごとをジャッジできるようになったんです。
人生の優先順位がつけられた30代
37歳で編集長のポストを打診されたときは、「そんなキャラじゃない」と思いました。でも、白川から「おもしれえじゃないか。人生一回きりなんだから」と背中を押されてやってみることにしました。「自分がつくった雑誌が世界一面白い!」というむやみな自信がもてた年代だし(笑)、頭もまだ柔らかくて、今から思えばベストなタイミングだったと思います。
「子供を産まない」と決めたのも同じころです。今は編集長でも軽やかに育児と両立する後輩がたくさんいますが、当時はまだ「これだから女は」と言われるのがシャクだった。もちろん、ひとつひとつ勝ち取っていくことも大事だし、子供を産んでいたら「よかった」と思ったかもしれない。でも、人生ってどっちかしか選べないじゃないですか。少なくとも今は、子供を産まない選択をしたことをまったく後悔していません。
人を妬んだりそねんだりする時間があったら、自分がもっているものに感謝しないともったいない。情報も選択肢も多くて迷いが多い時代だけれど、自分の人生に「なくちゃいけないもの」と「なくしてもいいもの」の区別がつくと、もっとラクになると思いますよ。
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Profile
’87年新潮社に入社。『新潮』編集部、『新潮45』編集長を務める。編集者として白洲正子、林真理子など人気作家を担当した。『5時に夢中!』(TOKYO MX)などテレビコメンテーターとしても活躍。
写真/為広麻里 取材・文/酒井亜希子(スタッフ・オン)