41年前に誕生した黄色い表紙の名著は、これまでに20刷。あなたに、おしゃれを超えた、生き方のスタイルを教えてくれます。約40年前に不変のファッション哲学を提示した名著『チープ・シック』を今の視点で読み解くと…? 本当にいいものを見極めて提案してきた、おしゃれ賢者の3人も学んだこの名著。特に心に響いた言葉と共に、人生を豊かにする取り入れ方をうかがいました。
『チープ・シック』とは?
1975年、アメリカのふたりの女性ジャーナリストによって書かれ、作家の片岡義男さんが2年後に翻訳。ベーシックを土台とした着こなしやイヴ・サンローランほか著名人の言葉から学ぶのは、服とは生き方であること。ムダな時間もお金もかける必要がないこと。――今の時代でも色あせることなくむしろ新しい、おしゃれの考え方は必読です。
カテリーヌ・ミリネア、キャロル・トロイ 著/片岡義男 訳(草思社) ¥2,200
松浦弥太郎さん(エッセイスト、編集者)
服で自己主張するのは「発展途上」。身につけたい本物の豊かさ
初めて読んだのは、たしかアメリカと日本を行き来していた19歳のころ。当時日本ではDCブランドが流行していましたが、どうしても馴染めず、アメリカで安く買った古着を着るのが自分のスタイルでした。オックスフォードのボタンダウンシャツにリーバイス。足元はトップサイダーのキャンバスデッキシューズが定番。そんなスタイルは『チープ・シック』がお手本でした。英語版だから読めなかったけれど、そこに載っているおしゃれな人たちのファッション写真に目が釘づけになったことを思い出します。
ただ、「チープ・シック」という言葉はしっくりこなくて。なぜなら、ここに載っているのは、アメリカではいちばんおしゃれな人たちばかりで、決してチープではなく、逆に本質的にリッチだと思ったからです。とにかくどの写真も、本当のおしゃれとはこういうもの、というお手本ばかりで衝撃的でした。
今の時代、着る服で自己主張することは、とても「発展途上」な気がします。着る服がどうでもいいということではなく、服そのものが主張するのではなく、その人らしさと魅力を引き立たせる、シンプルで上質な服が求められていると思います。実際、そういったシンプルで上質なスタイルに、私たちは豊かさを感じているのではないでしょうか。
30代から大事になるのは、やはり健康であること。やせるとかではなく、元気で健康であるために、規則正しい生活をし、いつもリラックスしている自分であるように心がけることです。服に関して言うと、他人が自分を見たあとに、何を着ていたか思い出せないくらいでよいのでしょう。それよりも清潔な髪、顔、肌、手、姿勢という身だしなみと、人を思いやる笑顔を大切にすることが大事だと思います。「すてきさ」とは、服の着こなし云々ではなく、その人の生き方として態度のあらわれであるからです。おしゃれとは、背筋をまっすぐに伸ばして、笑顔を絶やさないことが「きほん」なのです。
『自分の肉体のあらゆる部分がとても健康だというのが、いまはとっても大事なのよ。顔、髪、そしてボディ…このベーシックがきちんとするまでは、服のことなんか忘れてなさい』
飾ることがファッションであるという定義をひっくり返す、US版『VOGUE』の編集長を務めたダイアナ・ヴリーランドの言葉。ファッションとは自己主張だと思っていた若い自分には大きな学びで、驚きつつも強く共感しました。自分自身、常に何を着ているかということを他人に感じさせない着こなしを心がけるようにしています。
エッセイスト、編集者 松浦弥太郎さん
創業者大橋鎭子氏のもとで『暮しの手帖』編集長を9年務めた後、WEBメディア『くらしのきほん』を立ち上げる。現在は(株)おいしい健康・共同CEO。ユニクロとの協働サイト『LifeWearStory 100』を責任編集。著書に『今日もていねいに。』など多数。
地曳いく子さん(スタイリスト)
思う存分に着たおして、一枚の服とじっくりつきあう
最初の出合いは’70年代の終わり、まだ10代でしたね。いわゆる既製服だけのおしゃれではない新しいおしゃれについて教えてくれたのが、この『チープ・シック』でした。
そして、コンサバなスタイルしか認めない親にイヤがられながらも、古着やユニフォームをコーディネートにミックスする楽しさを知りました。その後大人になり、海外に取材撮影で出かけるたびにヴィンテージのバッグやアクセサリーを買い求めるように。長く身につけられるものの魅力を体で覚えました。
昨今はファストファッションの登場で、だれでも簡単に手ごろな値段で流行りの服を手に入れられるようにはなりましたが、一枚の服とじっくりつきあうということがなくなった気がします。じっくりつきあうとは、一枚の服を一生着るということではなく、人生で一度しかないそのときに十分着たおす!…ということ。チープ・シックという言葉はただ安い(チープ)ファストファッションのことではなく、どれだけ自由に自分のものにして着こなすか(シック)だと思います。シーズンでたった2回しか着ないプチプラ服と、週に2回は着るカシミアの高級ニット。服や小物の価格を使用回数で割り算して考えれば、本当に買うべきはどちらか明らかでしょう。
人からの見た目を気にしすぎてはいませんか。自分が何が好きで何が嫌いなのか、もう一度考えてみましょう。好きなものがわからなくても、嫌いなものや苦手なものはわかるはず。まずそれを着ない。処分する。人生は短いし、自分の足を引っ張る余計な服を着ている時間はないんです。「週2回以上着たい」と思えるスタメン服だけあれば、毎日はずっと気分がよくなりますよ。
『ぜいたくな生地を厳しく仕立てた昔の服を身につけると、過去との時間のつながりが自分のなかにできてきます』
本書『アンティーク』の解説にある一節。この文を読んでから、何軒も古着屋をまわり、今ではもう出合うことが難しくなった凝った仕立て、上質な生地のジャケットやドレスを手に入れました。使い捨て一辺倒になりつつあった時代に、30年、40年、あるいはそれ以上も長く着ていられる服がある。その服から本当の『洋服』とは何かを学びました。
スタイリスト 地曳いく子さん
『Oggi』をはじめ、数々のファッション誌で活躍し、そのキャリアは30年超えを誇る。数多くの女優のスタイリングも手がけ、現在はテレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。著書に『服を買うなら、捨てなさい』など。
三尋木奈保さん(エディター)
自分が居心地よくいられたら、「いつも同じ」だっていい
服を選ぶ前に立ち返りたい本質、それを思い出させてくれたのが『チープ・シック』です。もしもおしゃれに疲れてしまったら、この本を手に、今までのやり方を一度お休みしてみるのもいいかもしれません。
常々思うのですが、社会人はその場に合った身だしなみがきちんとできて、心身ともに清潔感があることが一番。この2点をクリアした先が「おしゃれ」の分野だと思っています。言い換えれば、おしゃれじゃなくたって仕事はしていけるし魅力的な人でいることはできる。おしゃれするかしないかは、自分自身が気分よくいられるかどうか。楽しくて、居心地よくいられるからおしゃれをするんだ――と思えるようになれば、流行を追いかけて毎シーズン買い替えたり、だれかと同じブランドものが欲しいという強迫観念からも自由になれるのではないかなと。
本書の中に「靴はいいものを」という提案が何度か出てきますが、靴を含め、小物はトレンドに影響されにくいので、いいものをがんばって買うことは、素敵な投資だと思います。「何から始めれば?」「いきなりプチプラから抜け出せない」という人は、小物はできるだけ長く使える上質なものにして、服は手ごろなもので抜け感を出す…というバランスが取り入れやすいのではないでしょうか。プライスの緩急が着こなしに奥行きやおしゃれ感を出すことって確かにありますから。
よく聞くのが「いつも同じような組み合わせばかり選んでしまう」というお悩み。私自身、自分の「好き」の範囲が広くはないので、無理して着こなしの幅を広げるのはやめました。無理をするとなんだか居心地が悪くて。今は開き直って、「いつも同じような服」を自分のトレードマークにできたらと思っています。
『あなたの服装は、あなたが自分でえらびとっている自分自身の生き方にぴったりそったものであるべきなのです』
この言葉を含む前書きのメッセージはすべてに納得! 本質的におしゃれな人たちって、いつも同じようなスタイルを貫いているもので、それはきっと生き方と服にブレがないから。『自分らしいスタイル』を磨くには、トレンドに振り回されるのではなく、自分が気後れせずに居心地よくいられることが何より大事だな、と感じます。
エディター 三尋木奈保さん
『Oggi』ファッションエディター。大学卒業後、一般企業で勤務したのち、現職。会社員経験を生かしたリアルで地に足のついたセンスは誌面に登場するたび大反響。近著『My Basic NoteⅡ“きちんと見える”大人の服の選び方』が好評発売中。
本書にはNYの30代一般女性も登場。黒のロングジャケットに長めのパールネックレス、別の日は洗いざらしたメンズコットンシャツ…今見てもかっこいい自分スタイルの持ち主!
上質なコットン素材と端正なシルエットでヘルシーに。Tシャツ¥7,800(スローン)
150年以上の歴史をもつスコットランドブランドのストールは極上の肌触り。職人技に知性が薫るオリバーピープルズの眼鏡。ストール¥40,000(ボーダレス〈ベグ アンド コー〉) 眼鏡¥30,000(オリバーピープルズ 東京ギャラリー〈オリバーピープルズ〉)
Oggi9月号「今この時代に読む『チープ・シック』」より
撮影/魚地武大(TENT/静物) スタイリスト/角田かおる 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部