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人生もロンドン生活も終わらない
渡英してからもなかなかモデルエージェンシーを回りに行けなかったのは「これでダメだったら、本当に終わりだ」と思っていたからだ。わざわざロンドンに移住した大きな目標を失ってしまうことが怖かった。
いやむしろ「本当に終わりだ」なんて言っているけれど、本当に終わりにはならないことを知っているからかもしれない。人生ってそんな単純に終わってくれない。
モデルエージェンシーが決まらなくても人生は続くし、私はもうすぐ30歳になるし、ロンドンでの生活だってまだ始まったばかり。毎日は変わらず続くから、先立つものも必要だ。思った通りに事が運ばなかったとき、そこで何も終わってくれないからしんどいんだよなあ。
そんなことより、働かないでどうやって生活しているんだと思っている読者の方が多いらしい。あまり触れなくてすみません。一応働いてはいるんです。
日本からの業務委託という形でいくつか仕事を持ってきているので(めちゃくちゃありがたいことです)家賃を含む本当に最低限の生活費は賄える(なぜなら犬の世話をする代わりに家賃がとても安いから)。
だけど現在ポンドは右肩上がりで、日本円をポンドに替えるとすごく割が悪い。日本円を両替する生活をしていると大変だ。そこでしばらく日系のスナック的なお店でアルバイトをしてみた。
ロンドンで夜のバイトをする29歳
数ヶ月とはいえなんでそんなところでバイトしていたかというと、家も何も決まっていなかったときに慣れないバイトで心労を増やしたくなかったのが一番大きい。
主に日本の駐在員らが来客しその接客をするので、すべて日本語でOKだし特に新しく覚えないといけないこともほぼない。狭いロンドンにあるミニマムなトーキョー。英語の勉強にはまったくならないけれど、逆にいうと働いている女の子はほとんど日本人で同じVISAで来ている人が多いから、何か困ったことがあったときに似た境遇の誰かに相談ができる。
知り合いゼロの状態で渡英したのでこれはとてもメリットだった。あとは、待機中は時給がほとんど出ない代わりにスマホを触ることはできるので、家探しをしたり銀行口座を開いたり… みたいな生活の初期設定をしていたら、いくらでも時間は潰せてしまった。数ヶ月続けられた理由はそれが一番大きいかも。
実は、別の日系の日本食レストラン(日系じゃない日本食っぽいレストランがたくさんあるのです)でも少しバイトをしてみたけれど、これまでずーっとデスクワークで出勤すらしてこなかった身体に、5時間以上の立ち仕事はかなり厳しかった。
日本人向けの人材紹介会社のサイトからデスクワーク系の仕事を調べてみると、金融系が多かった。
私は会社員経験がないままフリーランスの編集者・ライターになった珍しいタイプで、他業種の人たちがどんな仕事をしているのかぜんぜんわからない。学生の時のアルバイトも、飲食店、犬の散歩、出版社のアシスタントの3つくらい(犬のお散歩だけは今イギリスでスキルが生かされているかもしれない)。
とりあえず自分の経歴をまとめ、過去の仕事をかいつまんだポートフォリオとCV(イギリス式の履歴書)を作ってみたものの「日本語のライティングができる」なんてスキル、イギリスの就活市場においてニッチすぎる。
深夜に求人情報を手繰る
一番近いのは広告だろうか? それぞれのサイトで業種のジャンルを選択してみたら、3社合わせて求人情報が2つヒットした。1つはスポーツ大会系日本語メディアの編集長職、もう1つはテック系企業の日本語コピーライター職。どちらもイギリスの企業らしい。
正直できることなら、週3回くらいのアルバイトか、日本でそうしていたようにフリーランスとして仕事を振ってほしい。
私これから会社員になるかもしれないのか。本当に? だって東京でできなかったことが、ロンドンですぐにできるようになるわけないのに。唯一のスキルといえる日本語ライティング能力はイギリスではまったく需要がない。だから贅沢は言っていられない。問答無用でフルタイム正社員or不採用だ。
2つ応募した求人のうち、スポーツ系メディアは編集長を探していたので、「あなたよりもっとこの仕事をするのに適切なキャリアのある人が選考に進むことになりました」と紹介にも至らなかったよメールがすぐに届いた。
オフィスワークがダメだったら、映画館とかで働いてみたい。映画館も結構しっかりフルタイムを要求されるところが多いな。コロナ禍以降、接客業はどこも人手が足りないというのは本当みたいだった。インターネットの広い海を泳いでいたら、電話が鳴った。イギリスの電話番号への着信。
ハロー?と応対したら、「お世話になっております!」とめちゃくちゃ日本語だった。こういうとき、いつもなんだか気恥ずかしい。電話は残りの1社の仲介会社からだった。
イギリスで初就職を斡旋される
電話で、送った資料を元に経歴について確認される。このあたりの流れは日本と同じなんじゃないかと思う。どうやら、こちらの仲介会社は残り1社への「推し」を私にしてくれるらしい。ラッキー!やったー!
最後に、自称「fluency(流暢)」である私の英語力をチェックされた。
渡英時、海外旅行で困らない程度の英語力だった私だが、数ヶ月を経て、店員さんとのスモールトークなら問題ないレベルに微進化。しかしまったく流暢ではない。
「日本ではどんな仕事をしていたの?」「なんでロンドンに来たの?」みたいな問答をする。
我ながら相槌だけは上手いので、「留学、語学学校未経験でこれならぜんぜん大丈夫ですよ!」と眉唾な太鼓判をもらってしまった。ぜったいにぜんぜん大丈夫なわけはない。でもそう言われると悪い気はしない……。
「鉄板面接受け答えを網羅している動画を送るから、自分なりの答えを作っておいてください」と、もちろんしっかり予習を言い渡されたので、気分よく面接に向かわせるために担当者が工夫しているのだと思う。ありがたい心遣い。
この求人を逃したら、オフィスワークは厳しいだろうという予感がある。あれよあれよと本命一発勝負の電話面接が決まってしまった。
小西麗
1993年生まれ。日本女子大学卒業。モデルを経て、編集者・ライター。雑誌媒体を中心にインタビューや特集記事を作成。「男性同士のアツい関係」の意であるブロマンス好きが高じて、コラムの寄稿も。2022年、YMSビザで渡英。現在ロンドン在住。
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