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2023年、多様性の街・ロンドン
モデルエージェンシーの扉をもう一度叩くぞ、と自分を奮い立たせ、まずはwalk-inを受け入れている事務所を探す。
コロナ禍に入る前は、基本的にどこも受け入れていたみたいだけど、今回私が見つけられたのはたった5社。チャンスの少なさに足がすくむ。
数年モデルの仕事から離れていた間に、世の中のモデル像は大きく変わったように思う。
ロンドンの街中でいわゆる白人モデルオンリーの広告はほとんどないと言っても過言ではない。例えばバス停に表示されるハイファッション系の広告ポスターはブラックの女性が真っ白なドレスを素敵に着こなしているし、ヨーグルトの広告でも、ゲルマン系の男性、ラテン系の女性、アジア系の子どもが家族っぽい雰囲気でおいしさに目を見開いている。
ファッションモデル事務所のホームページを覗いてみても、メインボード(売れっ子)、フレッシュ(新人)に加え、カーブ(日本ではプラスサイズモデルと呼ぶことが多いかも)の枠が増えていたり、インフルエンサーのページがあったり、「うちは日本人いないから」と門前払いを食らった2016年と比べると、裾野が拡がったといえるかもしれない。
背も足りないし痩せてもいない
身長が170cm近くの私。日本のモデル事務所だと身長が理由でお断りされるほど小さくはないけれど、身長が武器になるほど大きくもない。でも、ロンドンなど海外でモデルにチャレンジしようと思うと、ぜんぜん身長が足りない。女性なら175cmが基準値だそうで、16年にエージェンシーを回ったときは必ず身長を測られた(そして帰された)。
体型面を語ると、東京でモデルをしていたときは、当時所属していた事務所から「もっと痩せなさい」と言われ続けていた。具体的な数字を上げることは避けるけれど、「あと〇キロ痩せる」という目標数値が常にあった。少なくとも10年前の基準では、私はぜんぜん細くないモデルだった。
人間、ずっと気にしているとやっぱり強いストレスを感じるみたいで、モデル時代は本当になかなか目標の数字にならなかった。ふくらはぎや外腿が張って硬くなりやすい、筋肉質な自分の体のカタチもあまり好きじゃなかった。モデルを辞めて、もういいかと思ってからは、なぜかすとんと体重が落ちた。体から必要のない水分が抜けていったような感じ。なんだかジャンクフードをすっごく食べたい! と思う日も減った。
とはいえ、今更痩せても仕方がないので、好きに暮らしてコロナ禍に突入し、すっかり肥えた。まあこのくらいが健康的な気がするし、体も元気(カリカリボディのときは頭痛や冷え性が酷かった)で特に気にせずに暮らしていた。
しかし、もう一度エージェンシーを回ろうと思ったとき、年齢的なこともあるけれど、なにより自分の体に自信が持てないことに気づいた。今の自分がモデルとして撮影現場に入ってカメラの前に立つ。ダメだ、堂々とできない、めちゃくちゃ怖い!
今はカリカリに痩せているだけが“いいモデル”ではない。それが必須条件でもなくなったのかもしれない。
でも、自信を持ってカメラの前に立てないモデルは絶対に魅力的ではない。というわけで、渡英前はパーソナルトレーニングに通ったり、骨格矯正に行く頻度を上げたり、エステ通いを再開したり、暗闇ボクシングにチャレンジしたり、思いつく限りのボディメイキングに努めた。
体重は“細くないモデル”の頃と同じくらいに戻った。ボディラインは今のほうが気に入っている(あの頃より断然課金したけど、これが大人の戦い方です)。なにより、やることはやったぞ、という気持ちが私を強くしてくれる。
いざ、飛び込みモデルエージェンシー
前日は念入りにスキンケアをして、ボディオイルでマッサージをして、早めに寝ようと思ったけれど、なかなか寝付けずに朝は目覚ましよりも早く目覚めた。今日は2つのエージェンシーを回るつもりだ。
そんな簡単に決まるわけがないと思いながら、第一志望のいわゆる大きな事務所から訪れる。久しぶりに持ち出したブック(モデルの持つ自分の写真ファイル)の、ずっしりとした質量が懐かしい。現在の仕事の相棒であるMacBook Airよりも重たいかもしれない。体のラインがわかるCARVENのフレアミニスカートを穿いて、ドキドキしながらバスに揺られる。珍しく雲ひとつないほど晴れているけれど、気温は低い。太陽の暖かさと緊張で、薄着なのに汗ばんでいる。
喉がカラカラになりながらエージェンシーのビルに着く。受付の女性に声をかけると「walk-in? そこに座って少し待ってて」と慣れた様子で案内される。
数分待つと、にこやかな女性スタッフが現れて、身長を測り、全身と顔写真をスマホで簡単に撮る。中のスタッフに確認する、とオフィスに消えて、すぐに「You are not suitable for us.」と告げられた。それは、あなたはうちの事務所向きではありませんという意味。だけど、他のエージェンシーはあなたを必要としているかも。Good Luck!と繋がりのあるモデルエージェンシー一覧の紙を渡され、ブックを見せる間もなかった。
そういえばそうだった。こんな感じだ。脱力しながら、Thank you for your time.と返す。
あっさり断られたことで緊張がほぐれる。私にできることは、いろんな事務所にとにかく足を運ぶこと。それしかできないのだから、緊張したって仕方ないのだ。
#14につづく
小西 麗
1993年生まれ。日本女子大学卒業。モデルを経て、編集者・ライター。雑誌媒体を中心にインタビューや特集記事を作成。「男性同士のアツい関係」の意であるブロマンス好きが高じて、コラムの寄稿も。2022年、YMSビザで渡英。現在ロンドン在住。
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