痛快な本で心をカラッと除湿したい!
雨が続くと、つい心も落ち込んでしまいがち…。小さなことで思い悩んだり、嘆いてばかりの心に元気を注入してくれるのは、思わず抱腹絶倒してしまうこの2冊です!
1『負ける技術』
負けっぷりが清々しいマンガ家の日常
ネガティブな発言は中途半端だとうんざりするけれども、ここまで徹底していれば清々しく笑うことができる。カレー沢 薫の『負ける技術』は「友達もいなければ趣味もなく、テレビや新聞をまったく見ないせいか話題のニュースも知らず、政治に関心がないのはもちろんのこと、抱かれたい芸能人のひとりも思い浮かばないという、完全なる生きる屍」を自称するマンガ家のエッセイ集だ。
たとえば「母親という衝撃」という文章。カレー沢さんは20歳のころ初めて入社した会社があまりにも過酷で、精神のバランスを崩してしまった出来事を振り返る。死を考えるほど追い詰められて「なんかもうおかしくなってきているから、病院に行きたい」と母親に相談したのだそうだ。すると真面目で優しい母はなんと言ったか。読んだ瞬間、あまりにもすごい発想の飛躍に噴き出した。血は繫がっていても自分と親は違う人間。わかりあえなくてあたりまえと思えば、無神経な言動にツッコミを入れる余裕も出てくる。
とても嫌いだけど、立場上避けられない人との関係を断つために「生霊 飛ばし方」という言葉でネット検索をしたり、家族連れやカップルに囲まれながらひとりでバーベキューをするという大胆な行動に出たり、中学生のときにマンガ家に送った恥ずかしすぎるファンレターの内容を告白したり。
どのエピソードも見事な負けっぷりで楽しませてくれる。心の中に黒い感情がたまってあふれそうになったら、ぜひ手にとってみてほしい。
『負ける技術』
著/カレー沢 薫 講談社文庫
コラムニストとしても活躍するマンガ家のエッセイ集。美容院での会話を回避する方法を真剣に考え、失業してすることがなくなるとジョギングを始めて、自分の結婚式の日はトイレの心配をして過ごす。天気にたとえれば薄曇りの人生を赤裸々に語っていて面白い。
2『気になる部分』
ヘンテコな妄想が広がる翻訳家のエッセイ集
岸本佐知子の『気になる部分』もユーモラスなエッセイ集だが、小説のようにも読める不思議な話が多い。なかでも魅力が伝わりやすい一編が「夜枕合戦」。翻訳の仕事をするようになってから寝つきが悪くなった岸本さんは、ある夜「ひとり尻取り」をするとよく眠れるということを発見する。寝床の中で目をつぶって、頭の中で尻取りをするのだ。
しかし何度かその方法で眠ることに成功したら、もっと尻取りを面白くしたいという欲が出てしまう。そのうち本来の目的を忘れて、尻取りをめぐる妄想がどんどん広がっていくところが素晴しい。言葉に対する情熱が笑いを生む一冊だ。
『気になる部分』
著/岸本佐知子 白水Uブックス
オオカミより怖いもの、男性の乳首にまつわる疑問、電車の中で出会ったキテレツさん、実在したホテル「国際きのこ会館」の思い出、自分は猿なのではないかという不安_。人気翻訳家が日ごろ気になっていることについて独自の視点でつづったエッセイ集。
2019年Oggi7月号「『女』を読む」より
撮影/よねくらりょう 構成/宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Shutterstock.com
石井千湖さん
いしい・ちこ/書評家。大学卒業後、約8年間の書店勤務を経て、現在は新聞や雑誌で主に小説を紹介している。著書に『文豪たちの友情』(4月13日発売予定)、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』がある(すべて立東舎)。