“もうひとりの自分”と見つめる、俳優・伊藤沙莉の未来の姿
悩んだとき、進むべき道が見えにくいとき、ひとりでじっくり考えているように見えて、実は伊藤さんの頭の中では違う自分との会話が繰り広げられている。
ひとりで悩んでもいいことはない。もうひとりの自分や、愛する家族の声を受け入れて、大きな力に変えていく。30代に向かう準備は、こんなふうに楽しくにぎやかに進んでいる。
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20代最後の年。“若いだけでは済まされない”という緊張感が原動力
エンドロールの名前を見て意思が固まった
「9歳から俳優をしてきましたが、この仕事でやっていくと腹をくくったのは、高校を卒業するときでした。それまでは、保健室の先生になってみたいな、とか、バイト先の卵屋さんを続けられたら、とかそのときどきでやりたいことがありました。
でも、出演した映画のエンドロールで自分の名前を見た瞬間、意思が固まって。この仕事でやっていくんだ、と。
お金を払って観に来てくれる人への責任感、映画館という夢のある場所。それらを感じながら仕事をするのは、なんて幸せなことだろうと思ったのです」
プレッシャーが大きいときこそ、自分を追い詰める
決意のきっかけとなった出演映画『悪の教典』(2012年)では、ひとりの高校生役だった伊藤さん。やがて主演の座につくことも増え、現在までに29本の映画に出演してきた。経験とともにふくらむ周囲の期待を感じながら今、20代最後の年を迎えている。
「もがきながらも、経験値、感受性とも育ててもらった20代。贅沢な時間だったなと思います。でも、かつてのように若いだけでは済まされなくなった今。その緊張感は、私にとって原動力で、むしろ楽しみでゾクゾクします。
映画の撮影初日となるとプレッシャーでおなかがいたくなるのもいつものことだけれど、そういうときこそ、自分を追い詰めるんです。
失敗したらどうする。期待に応えられなかったらどうする。もうあとがない…。すると別の自分が頭の中で、『失敗したところで、だから何?』と言ってくる。
ひとりで考えていると答えが見えないことも、複数の自分が頭の中で会話して、その中のだれかが開き直ると、私自身も開き直れるんです。こんなふうに私は、いつも頭の中がにぎやかな人間です(笑)」
「家族」の存在が、伊藤沙莉にとっての生きがい
家族に守られているな、と感じる
期待とプレッシャーに押しつぶされないための対処法は、いつしか身についた生きる術。同時に、そんな伊藤さんを一歩引いたところから見守る存在もいる。それが、家族だ。
「家族にほめられたくて、喜んでほしくて、そのために頑張っているといってもいいくらい。家族の存在は私の生きがいです。母はもちろん叔母も、姉や兄もみんな、人の悩みを自分ごととして考える温かさがありつつ、あえて厳しいことを言ったりもする。
かつて、やりたいことがわからなくなった私に、母はこう言ってくれました。『俳優の仕事、いつでも辞めていいんだよ。沙莉の人生なんだから』。視野が狭くなったり焦ったりしたときは、客観的な言葉や考え方をもらうことで、冷静になれるものです。
そして、私は守られているなと感じます。だからもし、家族のだれかが地球を離れるなんてことになったら…。いや、無理無理。考えたくないです」
「家族とは?」というテーマを問いかける、最新出演映画『宇宙人のあいつ』
「地球を離れる」という唐突な設定が飛び出したのは、伊藤さんの最新出演映画『宇宙人のあいつ』でのひと幕から。一緒に育ってきた真田家の次男・日出男(中村倫也)が、実は宇宙人だったという奇想天外な設定のこの映画。
日出男が宇宙に戻るまでの3日間をコミカルに描いた、ほかに類を見ない作品になっている。そして、「家族とは?」という根源的なテーマを観る者に問いかける。
映画『宇宙人のあいつ』(5月19日全国ロードショー)
真田家の長男・夢二と焼肉店を営む次男・日出男は、実は人間の生態を調査しに土星から来た宇宙人。土星に戻る日が近づき、人間として「やり残したこと」に向き合い始める…。出演:中村倫也 伊藤沙莉 日村勇紀(バナナマン) 柄本時生
「映画の中の真田家も、それぞれの出来事を他人事にせず、みんなで考えて解決します。ノリがよくて絆も強いけれど、決して過保護になることもありません。個人がしっかり独立していながら、とても温かい家族なんです。我が家と共通することは多いけれど。
もしも真田家のように、家族の中に宇宙人がいたら。みんなで思いきりかわいがるでしょうね。宇宙のこと、宇宙人のこと、質問攻めにしちゃうかもしれません。でも、いざ宇宙に帰るとなったら、絶対に行かせない。全力で地球に引き止めます!」
30代でさらに新しい景色が見られるように、頭の中で生まれた疑問と逃げずに向き合う
劇中と共通することも多いだけに、本作の経験は、改めて自らの家族と仕事について考えるいい機会にもなったという。そして未来予想図を描くときも、どこか客観的に、そして少しにぎやかに脳内会議を開くのが、伊藤さんならでは。
自分の機嫌を自分でとっていく。それを上手にできるのが、大人
「映画『宇宙人のあいつ』の飯塚健監督は、かつて私に仕事の基礎や常識を教えてくださった方。初対面の10代のときより成長しているか、今もおごらず丁寧にやるべきことをやっているか、見られている気がします。
私がやるべきことは、恩師に見損なわれないこと、そして30代でさらに新しい景色が見られるように頑張ること。
そのために、頭の中で生まれた疑問を大事にして、逃げずに向き合って。新しい考えや感情を受け入れながら、折り合いをつけたり、割り切ったりしながら、自分の機嫌を自分でとっていく。それを上手にできるのが、私の中の大人です。
そしていつか私のことを慕ってくれる後輩が現れたら…。それはそれで照れるけど(笑)、今こうしてやっていることの肯定になるんじゃないかなって、思っているんです」
2023年Oggi6月号「この人に今、これが聞きたい!」より
撮影/黒沼 諭(aosora) スタイリスト/吉田あかね ヘア&メイク/岡澤愛子 構成/南 ゆかり
再構成/Oggi.jp編集部
伊藤沙莉(いとう・さいり)
1994 年生まれ、千葉県出身。NHK連続テレビ小説『ひよっこ』で注目を集め、その後の主な出演作に映画『ステップ』『ちょっと思い出しただけ』『すずめの戸締まり』(声の出演)、ドラマ『ミステリと言う勿れ』『拾われた男』『ももさんと7人のパパゲーノ』『キッチン革命』などがある。2023年は映画『宇宙人のあいつ』出演に加え、『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』で主演を務める。2024年NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主演も決まっている。