【中村うさぎのお悩み相談室】
「私、変ですか? どこに転職しても…」
RI 転職して3社目の会社に勤めているんですが、どこに転職しても自分は本当にこの職場でいいのか、これから本当にやりたいことがこの職場でできるのか、もしくは見つかるのかが分かりません。
中村 今おいくつ?
RI 27になりました。
中村 ああ、27か。今のお仕事はどういう?
RI 今は出版社なんですけど、コミックとかのキャラクターもののグッズをつくったりとか、一般企業がつくったキャラクターグッズを見て監修したりとか、アニメ化に向けて営業にまわったりとか。様々なことをしているんですが、けっこう転職したい病が…
中村 今まで転職してるのは、職種も変わってるんですか? それとも会社が変わってるだけ?
RI そうですね、エンタメ系でしたね全部。前職も出版社で、その前は音楽系の会社だったんですけど。
中村 なるほど。じゃあそっち系が好きなのかな? 元々
RI 好きみたいです。事務系があんまり好きじゃなくて、自分で考えてやりたいっていうのはどこの会社でも一緒で
中村 企画っぽいことをしたいと。今の会社には何か不満が?
RI なんでしょう。入ってみて分かったんですけど、担当作品のキャラクターの肌の露出がとにかく多いんですよね(笑)前職とのギャップが激しすぎて。
中村 なるほど。代わってあげたいくらいだわ。
RI (笑) 本当ですか
中村 うん。もう、オタク系だからそういうの大好きなんですけど。でも苦手な人は苦手ですよね。
RI うーん。色んな世界見てみるのもいいかなと思ったんですけど、やってみるとギャップがあったりして。また転職しても「ちょっと違うな」って思うことってあると思うんですけど。
中村 前の会社はどういう仕事しててなんで辞めたの?
RI 前はライターをしていたんですが、長く働くことを考えられる、福利厚生もちゃんとしてる契約社員とか正社員で働きたいかな、と思って転職しました。
中村 なるほど。仕事の内容じゃなくて経済的な理由なんだ。音楽系の会社も?
RI 体力的に。終バスで2時に帰るとかだったんで…。体力的にキツくなっちゃって
中村 ああ。まず体力で、次は経済の問題で。今は、嗜好の問題ですよね。
RI そうですね。確かに、言われてみれば悩みは全部違う
中村 うん。でも、ものすごく前進してますよね。
RI あ、本当ですか?
中村 まず体力の問題ってさ、これ最低条件じゃないですか。生きていくための。だって倒れちゃったら仕事もできないし、どうしようもないから。自分の体力がそこまでギリギリにならない仕事じゃないとっていうのは、まず第一段階の条件だし、次の経済的条件も、生活しなきゃいけないから、どちらも生存のための最低限の条件。
で、ここで初めて、もうちょっと抽象的な悩みが出てきたというか。
RI あー確かに! なるほど!
マズローの階層を登ってる!?
中村 うん、今の職業の悩みって、つまりオタク相手の巨乳パンチラの世界に自分がいつまでいられるかとか、どんだけ馴染めるかとかの問題じゃないですか。前の2つは生存に関わる欲求だったんだけど、今はもうちょっと自己実現に近い欲求っていうか。
マズローの階層ってあるじゃないですか、三角形があってね、人間の欲望がどういう風に推移していくかなんだけど、一番下が生存欲求なんですよ、食べるものとか。で、その次に安全な場所。つまり住むところですよね。
RI ああ。
中村 食べるものが今日あるっていうのが一番最低の欲求で、次が安全性、家の中で住んで寒い思いや暑い思いをしない、外敵に襲われないとかさ。で、その欲求の階層の一番上が自己実現欲求なんですよ。
だから結局人間って、生存に必要な本能に関わる欲求が満たされていくと、最終的には自己実現っていう「私は私らしくどのように生きていくか」っていう悩みに行き着くように出来ていてですね
RI えー! はい!
中村 だからあなたの場合、最初の2つの職業を辞めた理由がものすごく基本的欲求の問題だっただけに、ようやく自己実現へと上昇するレールに乗った感じなんだと思うんですよ。
RI あー。
「20代は自分探しして、30代から40代で居場所探しをする」
中村 それで今、27歳じゃないですか。
これは私が勝手に思ってることだけど、やっぱり20代は自分探しでいいと思うんですよ。自分に何が向いてるかとか、自分に何ができるのか、とか。
大学卒業したてとか高校卒業したてとかって、何になりたいとか漠然とした夢はあっても、自分に何ができるかは全然わからないじゃないですか。
自分のこと何にも知らなくって、まぁ文系が得意で理数系は苦手とかその程度のことくらいしかわかっていなくて、人には出来ないけど自分にできることとか、あるいは、人にはできるのに自分にはできないこととか、そういう「自分とはどんな人間なのか」がわかってない。
それって社会に出ていろんな人と関わりいろんな仕事してみて初めて「あ、他人ってこんなことが楽々とできるのに私はできない」とか、「他人ってこんなことができないんだ」とか、他人と自分の違いみたいなのを認識していくわけよね。で、自分ってこういうのが得意でこういうのが苦手な人間なんだなとか、考え方がこっちに偏ってる人間なんだなとか、そういうことがだんだんわかってくる。
だから20代は自分が何者かってことを知るために経験を積む時期だと思うんですよ。で、30代になった頃には、だいたい自分の得手不得手とか、自分の傾向とか嗜好とかがハッキリしてきて。そうすると、30代から40代にかけては、今度は居場所探しをすればいいと思うの。
じゃあ、自分の才能を発揮できるのはどこなのかとか、自分はどういうところでどういう仕事をすれば能力を発揮できるのか、とか。
RI はい
中村 20代は、自分に何ができるかを探して。30代は、その自分をどこでどう活かしていけばいいのかっていうことを考えればいいと思うんです。だから、20代で3回転職しても全然OKだと思うんですよ。自分を知るためだから。
なんなら、30代で転職してもいいと思うんですよ。
私なんか大学卒業した時は、なりたいものなんか何ひとつなく、就職活動もしなくて、このまま毎日家で寝てたらお金が入ってくるとかないかなぁ~とか思ってたら、親からふざけんな、働けとか言われて。今みたいにフリーターとかニートとかいう概念がないから、世の中にね。
RI へえー!
「20代で何やったっていい。のび太みたいなことを言っててもいいの」
中村 で、なんとか親のコネで小さな繊維商社に入ってOLになったんだけど、1年半で本当に私にはOLは向いてないんだって思い知った。そこで初めて自分を知ったっていうのかな。
それまではOLなんて誰だって出来るでしょって思ってたの。事務仕事して、お茶汲んで、お客さんに「どうぞ」とか言ってたらいいんでしょ、とかね。
でも私、すっごいそれが向いてなかったらしくて、しょっちゅうみんなに怒られてて。特に、挨拶しないとか、愛想が悪いとか、気が利かないとか。いや、ほんとに気の利かない女だからさ(笑)。
で、周りの女の子にはちゃんと出来てることが自分には出来ない。OLという誰でも出来そうな仕事が、自分には出来ないんだと思って。じゃあ、何が出来るんだろうって思ったのが23歳くらいだったかな。
それを高校のときの友達に電話で愚痴ってたら、その友達が「あんた作文が得意だったから文章書く仕事やれば?」って言ったんですね
RI おー!
中村 そういえば作文が異常に得意だった、とか思って。でも私の作文の得意って文章力じゃなくってさ、先生がどういう作文を求めてるかをキャッチするのが上手かったの。
つまり本当に文才ある人って、中高ではあんまり認められないのね。先生の気に入る文章を書く人が、国語はいい点取れるんで。
RI そうなんだ、知らなかった!
中村 そうなんだよ。教師なんてそんなもんだよ。だから大抵すごい作家の人って中高時代は国語の成績が悪かったりする。個性的すぎて先生が点をつけられないのよ。特に天才肌の子だったりすると、先生が正しく評価できない。
でも私みたいに先生ってこういうこと書いたら絶対喜ぶなとか、そういう小ズルいやつが「作文が上手いなぁ、中村は」みたいに思われるっていうさ(笑)。でもまぁ、そういうのが上手かったから、じゃあ、広告用の文章を書く仕事、ほら結局人にモノ買わせるわけじゃないですか、で、クライアントがどんな文章書いて欲しいのかキャッチできるから、それがいいんじゃないの? って言われて、コピーライターになったわけ
RI へぇー!
中村 で、ちょうど時代がバブルだったから、まんまとどっかの広告プロダクションに滑り込んで、そっから文章を書く仕事をずーっとやってきたんだけども、31、2歳くらいの頃かな。離婚をして、本当に1人で食ってかなきゃいけないんだけど、広告の仕事はもう嫌だーと思ったの。だって本当にクライアントの言うとおりのこと書かなきゃいけなくて、結局提灯もちじゃないですか。で、提灯もちをしてるのに本当に嫌気がさして、自分の好きなことで文章書いて食っていけたらいいなと思い始めた。
つまりね、20代でOLが向いてないことに気づき、文章で食っていけることも知った。要するに自分探しですよ。
で、30代に入って、今度は自分のスキルをどこで活かすかを考え始めた。自分探しが完了したら、次は居場所探しってわけよね。
で、その頃からゲームオタクだったから、ゲーム雑誌のライターを始めて……だから女の子のおっぱいとかもパンチラとかも、大好きだったよ。自ら志願してエロゲー担当になったくらいだもん(笑)。
RI そうなんですか~! エロゲーにも攻略があるんですね!
中村 ありますよ! 何言ってるんですか、エロゲーをナメちゃいけませんよ(笑)エロゲーだって一応、謎解きとかレベルアップとかあるのよ。
それでエロゲーとかやってて、33歳のときに、いきなりファンタジーブームがラノベ界にやってきて。
RI ああー
中村 まぁ、最初は「えー! 小説なんか書けないわよ、無理っしょ!」とか思ってたんだけど、同じ雑誌に連載してた作家が作品を一発当てて家建てたって聞いて、羨ましさのあまり「ふざけんなー!」とか地団駄踏んじゃってさ。じゃあ私も書いてやるわみたいになって、33歳でラノベでデビューしたんですよ。
RI えーそうなんですか。
中村 そう。そういう経緯があるから、27歳くらいなら何やってもいいの。私が言いたかったのは、そうゆうこと(笑)
RI そうなんだー(笑)
中村 もうね、ゲームが好きだからゲームライターになっちゃおうみたいな、のび太みたいな動機で生きてきたわけ。ゲームやりながらお金が稼げないかな~、みたいな、そんな小学生みたいなことを言っててもいいのよ。
RI いいんですね!
中村 うん。だって、やってみないとわかんないじゃん。
とりあえずやってみて、出来なかったら、これは私出来ない仕事だったんだ、と。出来なかった理由はなんだろう、とかさ。自分に何が欠けてたのかとか、自分に何が得意なのかっていうのをいろんな職業をやったりいろんな人間関係の中で、発見していけばいいの。
すぐに見つかるとは限らない。見つけたものがファイナルアンサーとも限らない。私だって途中からファンタジー小説も書くの嫌になっちゃって、エッセイストに転向しちゃったもん。
エッセイストになったのも30代の後半くらいじゃないかなぁ。だから20代は何ができるかわからない、30代で一応文章は書けるんだなってことはわかったので、じゃあ、文章で食ってく場合、雑誌のライターをやるのか、ラノベ小説家みたいな道にいくのか、あるいは、小説書いてみたけどどうも自分は持続性がないからエッセイストに転向するのか、それはいろいろやってみて初めてわかる。
いくらでも転向していいわけですよ。だって向いてる職業についた方が絶対得じゃん。
RI え、じゃあ働きながら「ちょっと、うーん……」とか思ったときにすごい転職サイトとか見ちゃうんですよ。全然見ていいですか…?
中村 いいじゃないですか、全然。
RI いいですか(笑) ちょっとなんか、罪悪感にかられながら見ちゃって
中村 ポンポンポンポン仕事変わって……とか言って非難する人もいるかもしれないけど、そんなの自分の人生なんだから自分の好きに生きていい。
RI そう、周りの目もちょっと気になって
「好きか向いてるかなら、向いてるほうを選ぶ」
中村 ひとつのことをちゃんと、石の上にも3年とか言ってさ、「ひとつの仕事を3年も4年もやってこそ、プロになれるんだよ」とか言う人もいるかもしれないけど、自分に向いてない仕事でプロになっても意味ないじゃん。
RI うんうん
中村 だから自分に向いてる仕事でプロにならないと、プロになる努力を3年5年やっても、全く無駄だったりすることってあるわけじゃない?
で、この場合、一番重要なのが、自分が何をやりたいか、何を好きかじゃないんですよ。何が向いているかなんですよ。
RI ああ、好きと向いてるはまた違う?
中村 全然違うんですよ。私、文章書くの大っ嫌いですよ。手紙とかメールも書くの嫌いで、年賀状も出さないのに。
RI 笑
中村 だから私、無料のブログとか絶対書かないの。私が文章書くのは、それが仕事だから。お金も発生しない文章なんか、書く気ないわけ。ツイッターくらいはやるけどさ、あんなの十何文字じゃない? それくらいはいいけどさ、そんな長い文章書いてさ、それをタダでみんなに提供するなんて、この人たちよっぽど文章書くのが好きなんだなって思って、ある意味尊敬するわ。
だから結局何かのプロになるときに、嫌いなことを我慢してやる必要はないんだけど、好きか向いてるかっていう二択だとしたら、絶対向いてる方を選べって私は思うんです。
RI ああ~。好きは、自分で分かるんですけど、向いてるってあんまり自分じゃわかんなくて、周りの人とかに聞いてみるのがいいですか?
中村 あ、それは聞いてみた方がいいかもしれない。周りがあなたをどう思ってるかとか。以前のライター仲間とか、今の職場の人たちとかに、「私って何が向いてると思う?」って飲みながら聞いてみたら、割とみんなちゃんと答えてくれるよね。RIさんは、これが向いてると俺は思ってたよ、みたいに。他人ってけっこう客観的に見てるから。
だってほら、すっごく音楽が好きでもミュージックの才能が全然ない人とかいるじゃない。すっごい好きなんだけど音痴とかさ。そういう人はミュージシャンにはなれないわけじゃん。そういう人はいつまでもいつまでも「俺はいつかビッグなミュージシャンに」とか言っても、すっごい無駄なわけだから、周りが言ってあげないと。
RI (笑)
中村 だから好きなことと向いてることが一緒の人はいいんだけど、好きなことと向いてることが乖離してる人は、向いてることに絶対行くべきで。自分の中で好きと向いてるの違いがわかりませんとか思ったら、他人に聞いてみるのは本当にいい方法だと思います。
RI なるほど。今度飲みに行って聞きます!
中村 キャバクラに向いてるよ、とか言われても困るかもしれないけど。
RI でも、なんかよく言われます
中村 そうなんだ(笑)。じゃあ接客とか営業とか、人とのコミュニケーションが向いてるのかもしれないね。ほら、だんだん近づいてるじゃないですか、ちゃんと
RI マズローの三角の上の方に登ってるわけですね、よかった~。なんか、もっと下の方の気持ちでいました、まだ。
中村 そこはもう、クリアしたから大丈夫。あと一歩なんですよ、きっと。で、まだ27歳だから。まだまだ迷っていい時期だと、思います。
RI はい! じゃあ向いてる向いてないの話を周りに聞いてみるところから、しようかな。あーすっきりした~!
中村 おおう、良かった!
撮影/深山徳幸 撮影協力/シューパレード
中村うさぎ
小説家・エッセイスト。OL、コピーライターを経て作家へと転身。ベストセラーとなったデビュー作『ゴクドーくん漫遊記』を皮切りに活躍を続ける。その後、自身の実体験を赤裸々に綴ったエッセイがヒット。『女という病』『私という病』『狂人失格』『セックス放浪記』『プロポーズはいらない』など多数の人気著書を手がける。
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