最後のひと匙までおいしいかき氷〈新人作家のかき氷探訪記〉
小説『氷と蜜』の著者、佐久そるんです。
かき氷が題材の『氷と蜜』には、数多くのかき氷のお店と、それを食べ歩く愛好家の人たちが登場します。物語の舞台は大阪と奈良ですが、いまもっともわたしが注目しているのは兵庫県です。最終回は、その兵庫県から神戸のかき氷をご紹介します。
三宮の繁華街、北野の異人館、にぎやかな神戸に店を構えるのは『氷食卓家(こおりしょくたくや)』さん。ブタの描かれたユニークな壁が目を引きます。
◆兵庫県神戸市中央区|氷食卓家
いただいたのはアメリカンチェリーのかき氷。艶やかで深みのある黒みがかった赤色のチェリーシロップは、野趣あふれる味わいです。ミルクシロップと一緒に食べると、甘味が加わりまろやかにいただけます。けれど、舌を楽しませるこのコクはなんでしょう。ミルクとチェリーだけでは到達し得ない旨味が、口の中に満ちています。
店主にうかがうと、クリームとアイリッシュウイスキーを合わせたリキュールを使用していると教えてくれました。
▲リキュール
こちらのお店はお酒の使い方が巧みです。以前いただいたラム酒を使ったかき氷には、スプレーに入ったラム酒が添えられていました。吹き付けながら食べるので、最後のひと口までラムの芳醇な香りを楽しむことができます。
お酒を使ったシロップはたまにお目見えする程度ですが、出合えたらラッキーと思って注文してみましょう。
次は桃のかき氷です。甘い桃の香りがただよい、食べる前から魅了されます。口に入れると果汁がじゅわっとあふれ出て、思わず顔がほころんでしまう。別添えのミルクは濃厚な甘味ですが、舌触りはさらりとして驚くほど軽い。桃のシロップに合わせると、よりまろやかな味わいになります。
アメリカンチェリーのかき氷と同じく、最後のひと匙まで旨味が残るのはなぜでしょう。お酒が使われているのでしょうか?
違います。じつはこの桃のかき氷に使われたミルクは、別のお店のシロップなんです。作ったのは、神戸市長田区の商店街に店を構える『六花(りっか)』さん。
両店のコラボレーションの初お披露目は、今年の三月に奈良でおこなわれるはずだった日本最大のかき氷のお祭「ひむろしらゆき祭」でした。残念ではありますが、祭は開催されませんでした。自粛期間を経てこの夏、『氷食卓家』さんの二周年祝いとしてコラボレーションの実現となりました。他にも二つのお店がお祝いとして、トッピングなどを提供しています。
店が違えば、同じシロップでも作り方の手順や、食材の組み合わせが変わります。異なる系譜を持つシロップはたがいに溶け合いながらも、隠しきれない個性がからみ合い、旨味となって舌を楽しませてくれるのかもしれません。
かき氷で町興しをしている奈良では、毎年、かき氷店が集まり勉強会を開いています。新たな店が多数台頭する大阪では、多くのかき氷店が参加するイベントの真っ最中です。象徴となる祭こそありませんでしたが、店の垣根を越えたつながりが大きな流れを生み出しつつあるように感じています。
六月五日に刊行した『氷と蜜』には「ひむろしらゆき祭」をモデルとする祭が登場します。
▲氷室神社
執筆中には想像もしなかったけれど、来年のお祭への橋渡しのようなタイミングでお届けできたことは、嬉しいとともに気が引き締まる思いでした。おいしいものを素直に楽しめる日が、早く訪れることを願って。
希望に満ちた一杯を、どうぞめしあがれ。
【氷食卓家】
住所:神戸市中央区北長狭通3丁目3-9 広發ビル1F
電話番号:078-332-7710
営業時間:11:00~17:30(L.O. 17:00)
定休日:毎週月曜日
インスタグラム:@kori.shokutakuya
佐久そるん
大阪生まれ、大阪育ち。5年ほど前から小説の執筆をはじめる。2019年『氷と蜜』が第1回日本おいしい小説大賞の最終候補に選ばれ、刊行に向け改稿をスタート。2020年6月、同作で作家デビュー。かき氷の魅力が詰まっていると『氷と蜜』は話題に!
甘いものに目がなく、まめに食べ歩く。パンケーキ、パフェと続いてここ3年はかき氷にハマっている。コロナ禍の自粛期間中は和洋菓子をお取り寄せしてお店を応援。現在は再開したかき氷店へ著書を持って行脚の日々。