外資系カフェチェーンCEO・森井久恵さんインタビュー

《Profile》もりい・ひさえ/スターバックス コーヒー ジャパン代表取締役最高経営責任者(CEO)。国際基督教大学を卒業後、1997年にNTT東日本へ入社。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパンを経て、2003年にユニリーバへ。『Dove』をはじめとするブランドのマーケティングに携わり、日本・中国・タイ市場で要職を歴任。2018年にスターバックス コーヒー ジャパンへCMOとして入社し、マーケティングや商品開発、デジタル部門に加えて店舗運営・営業企画を統括。2025年4月より現職。
「楽しかった」と思い出すのは、大変な仕事。ラクな道より、心に残る挑戦を
3社目のユニリーバで『Dove』のボディソープを担当したことが、マーケティングの仕事にのめり込むきっかけになりました。自分が携わった商品がお店に並び、お客様が手に取ってくださる様子に、心が躍るのを感じたんです。特に印象に残っているのが、調査の一環でお客様のご自宅を訪ねたときのこと。あるお母さんが「泡がふわふわだから、子供を洗っていると優しい気持ちになれる」と話してくださいました。私たちが届けているのは、親子で過ごす穏やかな時間でもある。商品の機能だけでなく、使う方にとっての意味を提案するのがマーケティングの役割なのだと、ずっと探し求めていたやりがいを見つけた思いでした。
30代前半でマネージャーになり、仕事はこれから… という時期に、妹が妊娠しました。フルタイムの仕事を辞めた妹を見守るうちに、「私はどうしたいんだっけ」と考えるようになりまして。仕事か、子供をもつ人生か。どちらかを選ばなければと思い、2年ほどモヤモヤを抱えていましたね。
両立しようと決心し、結婚して第一子を出産したのが36歳です。早期の仕事復帰を希望していたので、まずはワーストケースを想像。子供が体調を崩したらだれに頼るのか、急きょ出社できない日はどうするのか。病児保育などを調べ、体力をつけるために妊婦向けエクササイズも続けました。漠然と悩むと不安は大きくなりますが、「何が起きるのが怖いのか」を具体的にすれば、準備できることも見えてきます。実際に何か起きても、「やっぱりそう来たか」と慌てずに受け止めることができました。
家庭との両立とは別の壁にぶつかったのが、ユニリーバで日本のマーケティング責任者になったころです。ロンドン本社が決めた施策を、そのままアジア全域で実行するよう求められました。でも、日本のお客様には響かないと感じたんです。相手はグローバルチーム。どこまで意見してよいものか迷い、悶々とした末に「日本のお客様をいちばん理解しているのは、私たちだよね」と初心に立ち返りました。言われたとおりに進めるほうがラクかもしれないし、反対すればポジションを失う可能性もある。それでも、お客様にとって価値あるものを届けることだけは譲れなかったんです。
現場の声やデータを用いて説明を重ね、最終的には日本向けに変更してもらうことができました。むしろ、遠慮せずに意見を交わしたことで、本社との信頼関係は深まり、中国やタイで現地のニーズとグローバル戦略をつなぐ統括を任されることに。夫と娘ふたりも帯同し、それまで多忙だった夫はキャリアブレイクを選んでくれました。「3年くらいかな。ゴルフもたくさんできるよ!」とプレゼンして(笑)。家族の協力があって実現できた海外経験でしたね。

現在のスターバックス コーヒー ジャパンに転職したのは45歳のとき。日本上陸時から利用し、海外赴任中も身近だった大好きなブランドで、声をかけていただいたときは迷わず飛び込みました。まず驚いたのは、オフィスを〝本社〟ではなく〝サポートセンター〟と呼ぶことです。完成した商品を届ける消費財と異なり、スターバックスの商品はパートナー(従業員)がお渡しする瞬間に完成します。事業の中心は、店舗でお客様と直に接するパートナーであり、オフィスはその活動を支える場所。呼び方ひとつにも考え方が表れていました。
入社後に店舗運営を担当した際は、複数の店舗でシフトに入りました。実際にカウンターに立つと、マニュアルだけではわからない気づきや、店舗ごとの個性がある。全国一律のサービスではなく、パートナー自身が「この街で何ができるだろう」と考え、お客様に合った時間や体験をつくっていたんです。今も大きな判断をするときは、「この施策を、あの店舗の店長が受け取ったらどう感じるだろう」と、顔を思い浮かべます。経営にはデータや全体を俯瞰する視点が欠かせませんが、数字の先にいるひとりひとりを見る肌感覚も失いたくない。現場を知り、働く人が工夫を発揮できる環境を整えることが、お客様の体験価値につながると信じています。
2025年にCEOへ就任してからは、法務や財務、製造、調達、物流など、精通していない領域にも最終的な責任をもつようになりました。各部署に私より詳しいリーダーがいるからこそ、「チーム経営」を掲げています。仕事を任せる際に意識しているのは、本人が「自分の仕事はここまで」と思っているより少し大きなボールを投げること。受け止められるサイズや速さは人によって違うので、経験や状況を見ながらですが、担当範囲だけでなく、その仕事が店舗やお客様にどうつながるのかまで視野を広げてもらうことを大切にしています。
振り返って「楽しかった」と思い出すのは、大変だった仕事ばかり。日本上陸25周年には、全国のパートナーが「地元のお客様に届けたいフラペチーノ」を考案するプロジェクトに取り組みました。地域の自然や文化、特産品から着想し、味はもちろん、見た目や商品名まで47通りを開発。各都道府県限定で一斉に提供する前例のない試みに、社内では反対する声もありました。それでも、手間をかけて地域を深く知り、生産者さんなどと一緒につくる過程から生まれた関係性は続き、今も「あの商品を覚えています」と通ってくださる方々がいる。ROI=投資利益率では測れない、記憶に残る体験の大切さを実感しています。

今年、スターバックスは日本上陸30周年を迎えました。SNSやAIで、瞬時につながりや答えを得られる時代になった一方で、孤独や孤立はなくなっていません。社会が自動化するほど、人の温もりはますます希少になるのではないでしょうか。だからこそ店舗では、お客様の表情やその日の天候を見てお声がけし、居場所を感じられる存在であり続けたいと思っています。
この30年間にスターバックスで働いた何十万人ものパートナーが、卒業後もさまざまな場所で活躍しています。店舗でお客様と向き合い、自分で考え、人に喜んでもらった経験のある人たちを世の中に送り出すことも、私たちが果たせる役割のひとつ。私自身は、若いうちは「楽しい」に正直に進んできました。今はなかなかそれだけで決断することは難しいのですが、30代、40代、50代とできることが増えていく感覚はあります。人生100年なら、折り返し地点。仕事でも、子育てでも、多くの人に機会と支えをいただいたからこそ、ここからはチャンスを手渡す側として貢献できたら。未来を担う人たちが思いきり挑戦して成長できる場を、つくっていきたいです。
パートナーの声を至福の一杯に! 東京で焙煎した、30周年記念のコーヒー『スマトラ マサ デパン』

スターバックス日本上陸30周年を記念して誕生した『スマトラ マサ デパン』は、全国のパートナー(従業員)の声をもとに、シアトルと日本のチームが共同開発。コーヒーの未来を担う若い生産者も携わるスマトラ産の豆を、東京のロースタリーで丁寧に焙煎。煎茶を思わせるうまみと共に、瑞々しくトロピカルな風味や甘みを味わえる。豆250g、粉100g、ドリップバッグタイプから、楽しみ方に合わせて選んで。
2026年Oggi10月号「The Turning Point~私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
Oggi編集部
「Oggi」は1992年(平成4年)8月、「グローバルキャリアのライフスタイル・ファッション誌」として小学館より創刊。現在は、ファッション・美容からビジネス&ライフスタイルテーマまで、ワーキングウーマンの役に立つあらゆるトピックを扱う。ファッションのテイストはシンプルなアイテムをベースにした、仕事の場にふさわしい知性と品格のあるスタイルが提案が得意。WEBメディアでも、アラサー世代のキャリアアップや仕事での自己実現、おしゃれ、美容、知識、健康、結婚と幅広いテーマを取材し、「今日(=Oggi)」をよりおしゃれに美しく輝くための、リアルで質の高いコンテンツを発信中。
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