『絆は永遠』作:滝沢カレン
愛犬3匹が人間だったら? 妄想ストーリーを書き下ろし!
「愛犬マカロンはずっと滝沢家のひとりっ子だったのですが、この一年でテラ、続いて神社が次々と参入。性格も年齢も違う3匹が、だんだんと家族になっていく様子を人間に置き換えて物語にしてみました♡」(滝沢カレン)
登場人物紹介!
坂田ひまり(テラ)
年齢:15歳
血液型:O型
性格:おてんばで明るい。周りを不思議と幸せにしていく笑顔の持ち主
吉田史郎(マカロン)
年齢:62歳
血液型:B型
性格:頑固で真面目だけど雑貨店への愛は一途で守ろうという決意がある
全大優男(ぜんだいやすお/神社)
年齢:12歳
血液型:AB型
性格:臆病だけど行動力はピカイチ。誰にでも優しく、疑うことを知らない性格
あるところに、吉田史郎という男がいた。長年ひとりで積み上げてきた知識と熱量で、小さな小さな雑貨店を営んでいる。申し訳ないほど頑固で生真面目な性格なため、仲間も友達もいない。ひとりでコツコツと仕事に熱を注いできたのだ。
そんなお店もあれよあれよと13年が経とうとしていた。決まった客だけが訪れる。新たな客は吉田側から冷たく接し、客を逃しているというなんとも商売下手の代表だ。そんな中、最近やたらとしつこく店に通う者がいた。吉田は、またもや冷たい目をつくると、話しかけることもなく一点を見つめながらその客が残念がりながら帰るのを待っていた。でもその客は、ありきたりな客たちとは違った。気持ち悪いほどにその客は吉田に笑顔を見せてくるのだ。吉田は柄にもなくビクッと体を緊張させた。冷や汗を大量にかいているあいだに、笑顔の客はずいずい店内に入ってきた。そして吉田に向かって満面の笑顔でこう言ったのだ。
「ここで一緒に働きたいです」
美しい笑顔の持ち主だった。まっすぐキラキラした瞳、噓を知らなそうな口。吉田は凍りつきながらも、表面上の冷たさを露にした。
「断る」
それでもその笑顔は引かなかった。
「いいじゃないですか! なんだか、楽しそうです。ここ。それにおじさんはいつもひとり。見てられないです。私とまずは仲良くしてください」
吉田はあまりにも〝イマドキ〟風な挨拶に手汗脇汗を十分に溜めていた。
「なんだい君は。失礼じゃないか。ワシはこの店が友達なんだ。ほかに友達などいらん。帰ってくれないか」
吉田特有の古な反応を見せ、笑顔の娘をとにかく退散させたかったのだ。
「じゃあまた明日きます。バイバイ!」
笑顔の娘はキラキラパウダーでも出すかのように手を振った。振り向くこともせず、なんなら楽しそうなスキップを交えて店を去った。
「はぁ…」
吉田は店前にある古びた木の椅子に全身全霊で座った。
「あ、あいつなんなんだ。まったく」
吉田は椅子に座りながらも、黒目で笑顔の娘の背中を追っていた。
そして次の日、約束どおり笑顔の娘はやってきた。
「やっほー! おじさん。今日もぶっきらぼうな顔してますね。もっと楽しまないと! 毎日を!」
昨日よりも弾けた笑顔で、吉田に話しかけてきた。吉田は思わず、我慢できずに言ってしまった。
「うるさい! 出てケェ!」
吉田はぶいっと体を反対側に向け店奥に入っていった。ふと鏡に吉田が映った。笑顔娘が言っていたとおり、あまりにもぶっきらぼうな顔をしていた。吉田は心なしか、ふっと顔の力を緩めた。その次の日も笑顔娘は店にやってきた。毎日毎日、平日も休日も祝日も、正月も雨の日も雪の日も嵐の日も。
吉田は声をかけてくる笑顔娘を、だんだん気にし始めた。決まって昼過ぎにくる笑顔娘。吉田は昼過ぎになるとなんとなく、店外に出て笑顔娘がくるのを待っていた。
「おじさんやっほー! 今日は暑いね。私暑いのほんとダメ。少し涼ませて~」
「暑いな。明日は35度超えるらしいから。もっと暑いぞ。中で少し涼んでいくといい」
吉田は笑顔娘と会話するほどに成長した。最初はずうずうしく見えた笑顔娘も、手土産に煮干しやチーズを買ってきたりと、案外イヤな奴じゃないと意識を変化させつつあった。
彼女は、坂田ひまりという名前だった。最近では、吉田も「ひまり」と名前で呼ぶことが増えていた。仲良しとは言い難いが、なんだか距離に自然な空間を取り入れたふたりは、まるで歳の離れた友人だ。ただ相変わらずの吉田。雑貨店は吉田のテリトリーであるため働くことを認めない姿勢にやはり変わりはない。それでも人懐っこく吉田に近寄る、ひまり。そんなふたりを周りは微笑ましく眺めていた。ひまりが毎日のようにこの雑貨店に通うようになってから一年以上が経ったときだ。ひまりがふと気づいた。
「ねね、おじさん気づいてる? 最近あの2個向こうの電信柱からだれかがこっちを見ているんだよね」
「え? 気づかんかったなあ。どれどれ?」
吉田は店から出て2個向こうの電信柱を眺めた。
「まぁなんかいるような気もするが、もう目が悪くてね。あそこまでは見えないな」
「私には見えるの! ずんぐりむっくりした男の人? かな。なんで毎日見ているんだろ? このお店で何か必要なのかな?」
「必要なら自分からくるはずだ。店はこっちから行くもんじゃない」
吉田はズサッと鋭い言葉を残し、店内へ戻っていった。ひまりは興味津々そうに、その電信柱に向かって何かワクワクするような笑顔で眺めていた。
日が暮れてきたとき。
「じゃあおじさんまたね!」
「はいはい。またな。気をつけて帰るんだよ」
「はーい! バイバイ」
ひまりは吉田の店をあとにした。〝あ、あのずんぐりむっくりまだいる。何してるんだろ? よし、のぞいてみよっと〟。気になって気になって仕方なくなり電信柱裏に近付いてみることにした。
「ねー、あなた毎日毎日ここで何してるの?」
スキップ走りでひまりが電信柱の裏にいる男に声をかけた。ビクゥッと首を縮ませた大きな男。
「こんばんは」
ひまりに向かって謙虚に挨拶をしてきた。
「あ、こんばんは! あなたは?」
「いつも楽しそうだから、つい見ちゃっていました。ごめんなさい。僕、友達いないから、なんかいいなって」
その大きな男はもじもじしながら勇気を振り絞ったように話してきた。
「なんだ。そんな明るい理由なのね。いいじゃない。あなたもお友達になりましょうよ!」
根っからの明るさをいい武器に振りかざすひまり。
「あなた、体はおっきいけど私より年下っぽいね。じゃあなおさらねぇさんについてきなさいっ! フンッ」
ひまりはかっこよく髪をかきあげお姉さん肌を見せた。
「ありがとう。うれしいです。僕の名前は全大優男。優しいに男でヤスオって言います」
「あなたにぴったりだね、優しい男だなんて。どうぞよろしくね!」
ふたりは電信柱の裏であっけなく友達になった。次の日ひまりはいつもどおり吉田の雑貨店に行った。
「おじさーん? いる?」
吉田は店の奥で本を読みながら、器用にうたた寝をしていた。
「まっただよー。最近寝てばっかなんだから。おじさんったら」
ひまりは吉田に近づき、肩を叩いて起こした。
「おじさん! また寝ちゃってるよ! 起きて起きて!」
「あ、あぁ。君か。すまんすまん。ついまた寝ていたようだ」
吉田は本とかけていた老眼鏡を机に置いて大きな伸びをした。
「あぁー! よし。今日も一日頑張ろう」
吉田が店外に向かって勢いづけた。
「あ、おじさん、今日の2時くらいに新しいお友達紹介するからね。会ってね」
「ともだちぃー? なんじゃそれ」
「ほら、昨日私言ってたじゃない? 電信柱に隠れてこっちを見てた子! あのあと話しかけてみたのよ! そしたらとってもいい子だったの」
「まーた余計なことを。そんなことせんでいい!」
吉田の頑固は未だピンピンしていたが、そんな言葉で吹き飛ばされるようなひまりでもない。
「はいはい~」
と吉田の言葉を軽く受け流し、ひまりは店内に入っていった。そして、約束の2時がやってきた。ひまりは勢いよく店外に飛び出して周りをキョロキョロ見始めた。吉田は店内にある、お気に入りの椅子でうたた寝中だ。未だ正反対なふたり。
「あーっ! きたぁー!!!」
ひまりの大きな声にビクッと吉田が肩を動かし驚き目覚めた。
「ほんとうにお前は、なんなんだ!? !?」
と吉田がブツブツ堅いことを言いながら出てきた。そこには、ここ最近毎日電信柱からこちらを眺めていた大きな大きな子供みたいな男がいた。目の前の男よりだいぶ小柄で小さい吉田は目にバキッと力をいれ、その男を見た。
「そんな怖い顔で見ないでよー! おじさん。怖がっちゃうじゃない! 優しい男って書いてヤスオくんだよ。で、ヤスオくん、こっちは吉田のおじさん」
ひまりが器用にふたりを紹介してみせた。優男は、手をモジモジさせながらも吉田に深い深いおじぎをした。吉田は優男を下から上まで回りながらジロジロ見ている。
「何その変な見方。ほんとうにおじさんは警戒心が強いんだから~。大丈夫よ。優男くんは変な人じゃないから!」
優男は、冷や汗を顔中にかきながら固まっていた。
「ほら! 優男くんもリラックスリラックス! 面接じゃあるまいし、もっと笑って!」
と得意の大自然笑顔をひまりは見せた。背中をバシっとひまりに押されて少し優男の顔には笑顔が戻った。吉田と優男は絶妙な距離のまま、その日は終わった。
その日から、ひまりの力強い誘いのおかげで優男も毎日吉田のお店に通った。吉田の強烈な人見知りと持ち前の頑固さはしばらく続いたが、それでもひまりは毎日毎日、吉田には優男のよいところを、優男には吉田のよいところを伝えた。優男は怖がりな性格ながらも吉田と仲良くしたいという気持ちから、たくさんの話を吉田にした。たまには豪快に無視されたり、だけどいろんなことを優男に教えてくれたりする日もあった。吉田とひまりと優男は毎日一緒にいた。とびきり仲良く見えるわけでもないが、その三人はお似合いだった。優男もだいぶ心の紐が解けてきたのか、吉田を驚かすようないたずらもよくするようになる。
「吉田のおじちゃん見てー!」
と言って吉田が振り返ると、吉田のお気に入りの椅子でカエルを遊ばしていたりしていた。
「こらー! 大嫌いなカエルをそんな場所で遊ばせるな!」
と吉田に激しく怒られたりしていた。吉田のお気に入りの椅子やサンダルを平気でひまりと優男は使い、サンダルを壊してしまったときは正座をさせられ、夜まで吉田の長々としたお説教につきあわされたり。だけど、怒った吉田の顔の先には笑顔が生まれていた。鋭く厳しい眼差しの中に優しい瞳が重なるように。
三人は年齢も性別も性格も体格も全部、全部違った。だけどそんなのはひとつも重要なことではない。
三人に共通していたのは、唯一、〝毎日が楽しい〟ということ。
その気持ちだけで三人は永遠の絆をつくり上げている。
今も、これからも。
今日も雑貨店からは、ひまりと優男のいたずらに吉田の怒鳴り声が聞こえてくる。
2023年Oggi2月号「『絆は永遠』作:滝沢カレン」より
作/滝沢カレン イラスト/別府麻衣 構成/三尋木奈保
再構成/Oggi.jp編集部