『愛の不時着』から始まった空前の韓国カルチャーブーム
エンタメ業界が新型コロナウイルスの打撃を受ける中、盛り上がり続けているのが『愛の不時着』や『梨泰院クラス』をはじめとする空前の韓ドラブーム。ドラマをきっかけに他の韓国カルチャーに興味を持つ人も続出しています。
その中でも最も勢いがあるK-POP。特にBTSは次々と記録を塗り替え、日本でも世界でもかつてない大ブームに。このお化けグループは、今までのKPOPとどこが違うのか。デビュー直後から追いかけ続けているヘビーなファンA子さん(30才)に語ってもらいました。
私のようなオタクにとっては、BTSのメッセージが、僕たちを愛してくださいではなく、まず自分たちを愛してください、だったのが、ハンマーで頭を殴られたような衝撃でした。他のグループとの違いは、かっこよさとかだけでなくて、そういうメンタルな部分も大きかったと思います。
▲BTSは、2013年に韓国でデビューしたヒップホップグループで、RM、JIN、SUGA、J-HOPE、JIMIN、V、JUNG KOOKの7人からなる。7月に日本で発売されたフルアルバム『MAP OF THE SOUL : 7 ~ THE JOURNEY ~』は発売初日に45万枚と海外アーティスト最多記録の売り上げ。再生1億回を超えたMVが22本と、さまざまな記録を次々と塗り替え続けている。
◆小さな事務所所属で長かった下積み時代
そもそも韓国では、トップアイドルは3大事務所所属が多いんです。東方神起・SUPERJUNIOR、EXOなどが所属するSMエンターテイメント、BIGBANG・BLACKPINK・WINNERなどが所属するYGエンターテインメント、そして2PM、TWICE、GOT7などが所属するJYPエンターテインメントの3つの事務所です。
BTSは、小さな事務所からデビューして数年間は、それなりに人気はあったけれど、賞をもらえるのも、テレビ番組で大きく扱われるのも、必ず3大事務所所属のアイドルでした。人気は出たし実力もつけたのに、評価されないという下積みの時期が長かったんです。
3大事務所は、大々的なオーディションやスカウトをしています。『愛の不時着』で、北朝鮮からソウルに来ているイケメン君が道を歩いていたら、3つの事務所からスカウトされて驚くというエピソードがまさにそれですね。才能があってヴィジュアルもいい子たちを集めて、練習生としてしっかりトレーニングして育てた中からデビューさせます。大手出身のいわゆるエリートたちに比べて、デビュー直後のBTSのパフォーマンスは、今ほど突出していたわけではないと思います。
しかし、BTSはデビュー後にもすごく練習したことが有名です。私は2013年、デビュー直後のソウルで音楽番組の観覧に行きましたが、そこに来ているファンはたった30人ぐらいでした。大手事務所のアイドルでは考えられない少なさです。
BTSが当時、必死で練習したのは、それしかなかったからだと言われています。小さな事務所だったから、事務所の先輩が出ているテレビ番組に出してもらうことも、ミュージカルに押し込んでもらえることもなかったんです。だから、ともかく練習して、目の前の数十人に熱烈なファンになってもらうように頑張るしかなかったのですね。
BTSのサクセスストーリーは、大人が作ったんじゃなくて、自分たちで作っていったというところが、一生懸命応援したくなる理由のひとつだと思います。
◆ビルボードで受賞したことから状況が変わった
状況を一変させたのは、アメリカのビルボードでTOP SOCIAL ARTIST賞を取ったことでした。これは、アルバムとデジタルの売上やストリーミング回数だけでなく、SNS参加指数などを加算したもので、6年連続でジャスティン・ビーバーが受賞し続けていました。それを2017年にBTSが受賞して世界的に注目されたことで、韓国での扱われかたも変わっていきました。
2017年の「Blood Sweat & Tears(血、汗、涙)」は、本当にBTSは血と汗と涙でここまできたんだ、と感じさせる曲です。やってきた自信が、彼らのパフォーマンスからあふれています。そしてこの年、やっと年末の多くの歌謡大賞をBTSが取りました。歌詞に怒りをぶつけてきたリーダー・ラップモンスターの、上り詰めたことを噛みしめる受賞スピーチに、ファンはみんな大泣きしました。
◆自分たちのメッセージ
BTSはやらされているのではなく、自分たちがその時に伝えたいメッセージを伝えて、やりたいことをやってきているのを感じさせます。
当初は、「僕たちを勉強する機械にしたのは誰だ」というようなメッセージが10代のファンに共感されていました。2017年、セウォル号沈没事故の直後に出した「Spring Day」では、君に会いたい、と歌っています。あの時、韓国では、たくさんの人が、高校生も多かった乗客たちをなぜ救ってあげられなかったのかという怒りと悲しみで、行き場のない気持ちを抱えていました。「この春を何回過ごしたら君に会えるんだろう」という歌詞に、自分たちが感じたことをBTSも感じて、歌ってくれているのだと共感を集めました。
曲が全部リアルで、自分たち自身をぶつけていることによって、曲を聞いた世界中のファンの気持ちが揺さぶられるんです。
◆今までにない社会現象に
韓国のエンタメ事情に詳しいソウル在住のフリージャーナリスト成川彩さんも、数年前からBTSに注目している一人です。
「2015年、私が朝日新聞文化部にいてK-POP特集の記事を作ったときに、いくつものグループを調べた中で、BTSの『DOPE』という曲のMVを見たのがきっかけでした。BTSだけパフォーマンスも企画力も特別で、何回も繰り返し見てしまう。そんなふうにハマったのは初めてでした。一人ひとりの動作がともかくひきつける。次はジミンがバーッと出てきて、そのあとこうなって… と先がわかっているのに何度も見てしまうんです。
韓国では大人たちはアイドルに興味を持たないんですが、この2年ぐらい、海外での評価をきっかけに認められるようになりました。こんなに外貨を稼いでくれるし、韓国のイメージ戦略的にもいいから、BTSは兵役免除をしてもいいんじゃないかという声まであがりました。
最近でも日本のアイドルや芸能人の政治的な発言が叩かれたりしていますね。韓国は日本より、さらにネット上のバッシングが激しい国ですが、BTSは政治的な発言をしたり社会的な活動をしてもそんなに叩かれません。ファンクラブARMYの力が強すぎて、怖くて叩けないからというのもあるようです。ともかく今までにない社会現象になっていることは確かです」
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BTSファンのA子さんはいいます。
「それまでいくつものK-POPグループにハマって来たけど、どんなに推しを愛しても自分の心の穴は埋められないと感じていたんだと思います。LOVEYOURSELFというメッセージは、BTSが初めてでした。BTSは他のグループとの違うところがたくさんあって、私と同じように人生を変えられた気持ちになっているファンがたくさんいるから、こんな大きな現象になっているんだと思います」
メンバーが今年か来年に兵役に行き始めたら、メンバー全員がそろってステージに立つことは何年かできないのではないかと考えられています。新型コロナウイルスのために中止になったワールドツアーには、もちろん日本の日程も含まれていました。このメンバー7人でのパフォーマンスがいつまで観られるのか。ファンたちの悲痛な叫びを背負ってまだまだ盛り上がるBTSブーム、まだ未体験のかたはのぞいてみませんか。
構成/新田由紀子